■独占する権利を得てしまった



『完璧』が服着て歩いているような人だから、みんなの憧れで、尊敬と羨望の眼差しの中心にいる。
それが当たり前のような人。
基本的に人当たりはいいと思う。だけど、近付きたくてもどこか恐れ多くて、あまり特定の人と親しくしている様子はない。
が入学してから見てきた赤司という人物はそんな人だった。それがどういうわけかここ数日ランチを共にしているのだ。






数日前の昼休み──────



さん、ちょっといいかな?」

物腰の柔らかい声に振り返ると、赤司が柔い微笑みをたたえたままそこに佇んでいた。

「赤司くん…どうしたの?」

クラスメイトであっても直接話したことなんて片手で足りる程しかないは、目をパチクリさせた。

「良かったら今日のお昼、僕と一緒しない?」

その一言でクラス中がざわめき、そして、は固まった。

「…ぇっと……どうしたの?」

は何とか言葉を発したが、さっきと同じ言葉しか投げかけられなかった。
一体何が起こっているのだろう…
周囲もも、そこに居合わせた赤司以外の誰もがそう思っていたに違いない。

「別に大した事はないんだ。…迷惑だったかい?」
「や、そんな…迷惑だなんて…」
「じゃあOKしてくれる?」

とても穏やかな笑顔と口調。
だというのに、赤司の言葉には有無を言わせぬ気配が漂っていた。背中に変な汗をかきながらも、は特に断る理由もないのでおずおずと頷いた。

「うん、いいよ」
「そう。それなら良かった。ありがとう、さん。じゃあ、行こうか」

クラス中の視線を浴びているというのに赤司は全く意に介さずそっとの手を取った。まるでどこぞの貴族のような振る舞いで優雅にの手を引いった。これがエスコートというものなのかもしれないとは頭の片隅で思いながら、見慣れた廊下もいつもより明るく見えて、どこかフワフワした気持ちになっていくのが不思議だった。赤司は、男子の中では華奢な方だと思っていたが、掴まれた手はよりもずっと大きくて、力強かった。



学食に着いて向かい合わせに食べるランチ。けれど、特に会話らしい会話がないので本当に淡々と食事をするだけの時間だった。は誘われておきながら何も気の利いた話ができない自分を悔やんだが、赤司の方こそこれで楽しいのか、一体どうしてを誘ったりしたのか、益々謎が深まっていった。
きっと、何かの気まぐれだろう。一日くらいそういう日があっても面白い。はそう思って落ち着かないままその日はやり過ごした。だが、赤司から誘われたのはその日から毎日続いている。ただの気まぐれにしては長く、その意図も見えないは段々と不安になってきた。

「赤司くん…」
「なに?」
「……楽しい?」

徐に尋ねると、赤司は箸を止め、ニッコリとに微笑んだ。

「ああ、お陰様でね」
「そ、そう……」

あまりに綺麗に微笑むものだから、は妙にドキドキしてしまい、そう答えるのがやっとだった。



いつまでこの気まぐれは続くのだろう…
いつ、飽きられてしまうのだろう……



考えれば今度は胸がキュッと締め付けられるように苦しくなる。
気付けばは上手く顔を上げられなくなっていた。

さん、今日は天気もいいからこれから少し外に行かないかい?」
「え?……」
「君ともっと話がしたいんだ。構わないかい?」
「ぁ、う、うん…」
「良かった。…それじゃ行こうか」

初めてランチに誘われた日のように、赤司はの手を引いて中庭へと連れ立った。グランド側は昼休みでも生徒で賑わうが、教科棟の先にある中庭まではあまり訪れる生徒はいない。静かで、陽当りのいいそこはキラキラと輝いて見えた。は赤司に促されるまま並んでベンチに腰掛けた。昼食を食べる時はいつも向かい合っていたので、その距離の近さに嫌が応にもドギマギする。

「赤司くん…」
「ん?」
「なんで急にお昼誘ってくれるようになったの?」
「僕がそうしたかったからだよ」
「じゃあ、どうしてその相手が私なの?」
さんとが良かったからだよ」
「…分からないよ……なんで…──────っ!?」

赤司は人差し指での唇を抑えると、瞳を細めて綺麗な笑顔を見せていた。

「君だからだよ。君と二人で過ごしたいと思った。だからそうなるように誘ったし、今もこうして隣に居るんだ」

唇にあった手がそっとの頬を包むように撫でた。

「僕は自分が欲しいと願ったものは手に入れていた。けれど、誰かに捕らわれてみたいと思ったのは初めてでね。どうしたら君が僕を欲しがってくれるのが分からないんだ。だから、それを教えてくれないか?
「あの…それって……」
「ああ、僕は君が欲しい。そして、君にも僕を欲して貰いたい。きっと僕は君の好きなんだと思うよ」

『完璧』な筈の彼からは想像もできない不確定な言葉。それとは裏腹に真っ直ぐな視線を向けてくる。こんな告白有り得ないだろうとは思わず苦笑した。

「なんか無茶苦茶だね。全然告白されてる気がしないよ…」
「そうかもしれないね。でも、事実だ。さん、僕を求めてくれるかい?」

穏やかな昼下がり、は思いがけずとんでもないものを突き付けられてしまった。そしてどうやら拒否権は最初から用意されてないらしい。




* E N D *


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