■何度でも誓うよ
朝を告げる太陽はまだ顔を見せない。 星の瞬きが残る夜の終わり。次の日が訪れるほんの少し前の時分。 ディオニュソスはまだ少し重い瞼を薄く開けた。 躰はまだいう事を利かない。ベッドに横たわったままそっと隣に在る温もりに安堵と愛しさを募らせた。 彼女はまだ夢の中にいる。誰よりも愛しい、何者にも代えがたいディオニュソスの伴侶となった人間の少女。 ─── 。 あどけない寝顔をしているが、昨晩もディオニュソスの腕に抱かれ続けていた時の彼女はとても魅惑的で一人の女でしかなかった。 オリュンポスに共に来て、契りを交わしてから半年以上の時が流れた。 だが、ディオニュソスにとってとの生活は飽きるどころか毎日が新鮮そのもので、彼女への愛情は深まっていくばかりだった。 互いに求め合う夜は毎夜続く。 一日の中で会えない時間が長過ぎるのだとディオニュソスが不満を漏らす度には微笑って宥めていた。 その笑顔がまた新しい愛情を芽生えさせていくのだから終わりなんて想像ができない。 箱庭で過ごした時間も新しい体験の連続だったが、永く生きてきているディオニュソスの人生の中でも本当に濃密なひと時だった。 との生活は箱庭でのそれとはまた異なるが、箱庭で過ごした一年にも満たない時間だというのに日々をどれほど尊く感じていることか。 ディオニュソスは自信が神である身でありながら、人が神に感謝する気持ちが何となく分かった気がするのだから笑えない。 この場合、突拍子もない前代未聞の願いを聞き入れてくれたゼウスとオリュンポスに住まう神々、 そして、というかけがえのない存在をこの世に授け、育ててくれたの両親に感謝せずにはいられなかった。 白くて華奢なの肩から続く細い腕。 そして、小さな手に光る指輪が目に入ると、ディオニュソス目尻を下げて暗がりでも美しく煌めくアレキサンドライトを見つめた。 箱庭にいた時に知った人間がする愛の誓いの儀式や証。 『結婚式』を紹介した書籍で見た写真の数々は本当にどれも美しくて神秘的だった。 洋裁の心得は流石に持ち合わせていないが、いつかはにもウェディングドレスを着て貰いたいと思っている。 ギリシャ神話の世界に戻ってきたばかりですぐにそんな準備ができるわけもなかったが、指輪だけはすぐに用意した。 形にしたところで、どれほどの意味を成すものなのか、正直なところディオニュソスは理解していない。 これから始まり、続いていく二人の暮らしを確かなものだと、愛の印とて贈りたかったのは勿論ある。 でも、一種の拘束具でもあると言われる指輪だからこそが自分のものであると誇示したかったのかもしれない。 神でも人でも『幸せ』を感じるが、ディオニュソスは生まれてからそんなものを感じたことがなかった。 酒も女もひと時の快楽に身を委ねることはあっても、幸福とは違う。 ハデスのように不幸を感じることもなかったが、自分の事は本当にどうでもよかった。 何にも固執することなく流されながら生きていく。 それが自分の人生だと悟っていたからだ。 けれど、に出逢った。 そこで初めて『幸せ』の意味を知って、体感している。 まるで生まれ変わったかのような気持ちにさせてくれたと幸せに過ごしていきたい。 の笑顔がディオニュソスの全てになった今、何があっても彼女を守るという誓いを形にせずにはいられなかった。 これは単なるエゴイズムなのかもしれない。 ディオニュソスはそんなものが存在していたとは思いもしなかったと苦笑した。 この安らかな寝顔と、目覚めてからはいつも心を癒してくれる暖かな笑顔を向けてくれるの為なら何にだってなれる。 すっかり覚醒したディオニュソスは躰を起こすと規則正しいの寝息に嫉妬する。 夢の中で仮にもし自分と過ごしていたとしても。 そっと触れたの頬は柔らかく温かい。 身を屈め、の唇に触れるだけのキスを落とした。 一度では目覚めない。ディオニュソスは、微かに身じろぐにいくつものキスを降らせた。 そして、漸く重たい瞼を開けたは、ぼんやりとした眼差しでディオニュソスの笑顔と対面する。 「…、おはよ。今日も愛してるよ……」 「ディオニュソスさん…?」 もう一度「おはよう」と微笑むと、も「おはようございます」と顔を赤らめながら返した。 あぁ…やっぱり愛しいと伝えるよりも早く再び唇を重ねていた。 ■戻る |