■求める程に求めて欲しい
バルコニーから眺める街の風貌は今日も美しい。
スノウフィリアに来てから毎日眺めているが日々違った表情を見せてくれる景色に全く飽きることはなく、身が引き締まるような冷たい風を頬に感じながらもは彼が愛するこの国の風景を同じように愛おしいと思った。

「また外を眺めていたのか?」

低く、それでいてスッと胸に通る声に振り返ろうとするより先に、は後ろから抱き締められていた。
冷たい外気に当たっていた所為もあってか、逞しい腕に包まれた温もりは一気にの体温を上げていくように思えた。

「フロストさん…」
「暫く城に籠もりきりだったな。どうだ、久々に城下に出掛けてみるか?」

多忙なフロストの公務について、がその詳細を把握する事は適わないが、スノウフィリアの城で共に暮らすようになってからも中々二人きりの時間は取れずにいた。
来賓として訪れていた時の方がまだ公務と称して二人で名所を回れた分共に居れたかもしれないなとフロストが皮肉を漏らすのももう幾度となく聞いている。
寂しくないと言ったら?になる。
けれど、こうして忙しい合間を…彼の事だから少しの無理をしながらも時間を作っては惜しみなくに費やしてくれようとする。
そんな姿を見て愛しさは募ろうとも、不満なんて持てるはずがなかった。

「これからまた行事が続いて忙しくなるんですよね?私も色々勉強しなければいけないですし、こうして平和なスノウフィリアを眺められるだけで私は充分です」
「お前はまた俺に遠慮をするつもりか?」

の顔を覗き込みながら難しそうに眉を顰めるフロストにはニッコリと笑みを返した。

「違いますよ。勿論、フロストさんと一緒にお出掛けできるなら嬉しいです」
「だったら…──────」
「──────でも、どこか特別な場所じゃなくても、こうしてフロストさんの傍に居られるなら私は幸せです」

驚いたように深紅の瞳を丸くしたフロストは、苦虫を潰したように舌打ちすると、を横抱きに抱えベッドの上にそっと横たえた。

「フロストさん?…」
「もういい黙れ」

何か気に障る事でも言ってしまったのだろうかと慌てるに、フロストは触れるだけのキスをした。

…お前はもう少し自覚が足りぬようだな」

鋭い視線から目を逸らすことなどできない。
フロストは魔法なんて使ってないはずなのに、はとうにこの瞳に、フロストという一人の男に囚われていた。
ゆっくりと頬を撫でるフロストの大きな手は暖かった。

「まったく…こんなに冷えるまで外にいたのか。俺がこなかったらいつまでああしているつもりだった?」
「すみません…」

ゆくゆくは妃にと言ってくれたフロストの言葉は忘れたことはない。
もそうなれるように、フロストの隣に居て相応しい自分になれるように頑張ろうとこの城での暮らしを始めた。
に何かあれば優しいフロストが心配する事は勿論、この城に遣えるたくさんの人にも迷惑を掛けることになる。
きっと、そうした配慮が足りないのだとフロストは呆れてしまったのだろう…そう思っていた。

「俺の知らぬ間にに何か事が起こるなど絶対に許さぬ。お前は俺の隣で、俺だけに微笑んでいればそれでいい…」
「フロストさん…本当にごめんなさい。自己管理が足りてませんよね」
「それもそうだが、それ以前にお前は俺と共に居たいとは思わぬのか?」
「…え?」
「前々から気にはなっていた。人の事ばかり気にするお前がどうして俺の気持ちに気付かぬのだ?」
「フロストさんの…気持ち…?」

長い指先が愛しむようにの頬を撫でる。
顎先まで辿ると今度は唇を弄ぶようになぞった。

。俺はお前を愛している」

まっすぐに見つめられながら告げる愛の言葉。
フロストの自信に満ちたその瞳が何よりも真実だと言っているかのようで、は胸の奥をキュッと締め付けられた。

「はい。私もフロストさんを愛しています」
「ほぅ…」

真摯に返したつもりが、フロストはジト目でを見下ろした。

「ならば聞こう。どうしてさっきは外出を断った?」
「それは、さっきも言った通り、これから忙しくなりますし…───」
「───そんなものはどうとでもなる!お前は俺と過ごす時間はいらぬのかと聞いているんだ」

有無を言わさぬ鋭い視線に、は思わず口を噤んだ。

「そ、そんなこと…私だってフロストさんとこうして二人きりで過ごせるのは嬉しいに決まってます!」
「その割に普段からそんな素振りすら見せぬではないか」
「それは、フロストさんの負担になるんじゃないかと…」
「愚かな…俺を誰だと思っている?愛した女の望み一つ聞けぬような狭量な男と思っているのか?大体、お前は俺がどれだけ愛しているかをまだよく理解していない節がある。会議や会食を早く切り上げるのも俺が単に無理をしているとでも思っているのか?この国の民に関わる事を無下に扱う訳にはいかぬからな。手を抜くことなどありえぬが…それでも、と過ごす時間が欲しい。お前の顔を見て、声を聴いて、温もりに触れる時間が折れには必要だ」
「フロストさん…」

怒っている…様に見えたフロストは、段々と拗ねているように思えてきた。
威厳と風格を伴ったいつのもスノウフィリア第一王子の姿とは違う。
けれど、にだけ彼が見せる駄々をこねる子供の様な姿は可愛らしかった。

「なのに、お前ときたら俺がいなくても平気と言い張るのは解せぬ」
「そんなこと言ってません!」
「似た様なものではないか。俺ばかりがを欲しているのかと…全く、お前くらいなものだ俺をこんな気持ちにさせるのは」

苦笑交じりにそっとの顎先を掬うと、フロスト唇を合わせ、今度はさっきよりも深い口付けを落とした。
息も絶え絶えになりながら舌を絡め取られ、もう数えきれないほど交わした口付けだというのに、は翻弄されるばかりだった。
フロストが自分を求めているのを感じる。
いつだって、それに応えたいと…そして、自身もフロストを求めていた。

「言え…俺が欲しいと。にだけ俺がそれを許す」
「フロストさ…んっ…」

熱くなる躰にぼんやりと霞む思考の中、が手を伸ばすとフロストの大きな手がそれを包みシーツの上に縫い付けるように指をきつく絡めた。

「離しはしない…」
「好き…フロストさんが好きです…ぁ…っ…」

ブラウスのボタンがいつの間にか外され、露になったの首筋にフロストはキスを落としていく。
徐々に下がっていくと大きく開いた胸元にきつく吸い付き、唇が離れた跡には赤くしっかりと印が刻まれていた。

「もっとだ…もっと俺を求めろ。俺だけを…」
「フロストさん…」

暴かれる素肌は寒さを感じる間もなくフロストの熱が重ねられた。
スプリングの軋む音と互いの息遣いだけが二人を覆った。






がまだ重たい瞼を薄っすらと開けると、隣に在ったはずの熱はなく、皺くちゃのシーツが広がっていた。
もう行ってしまったのかと枕を手繰り寄せ、顔を埋めた。

「何を探しているんだ?」
「えっ!?」
「まさか俺以外ではあるまいな」

広く、程よく鍛えられた背中にシャツを羽織りながらフロストは不敵に笑みを向けた。

「フロストさん、すみません!私ったら眠ってしまって…」
「気にするな。俺も少し無理をさせた。それに、よく眠っていたからな。起こさずに行こうかとも思ったんだが…」
「お仕事、残ってますよね…」

どう考えてもフロストが公務を終えるにはまだ時間が早い。
これは彼が懸命に紡いだ『空き時間』に過ぎない。

「そんな顔をするな。離れ難くなる」

困ったように微笑うフロストもきっとだけが知る彼の一面なのだろう。
手早く身支度を整えるフロストをはただ見つめた。

「夜に会食があるが、日付が変わる前には戻る」
「はい。お気を付けて…」

は胸元に手繰り寄せた肌触りのいい布団を握り締めながら、にっこりと微笑んで応えた。

「そうではないだろう?」
「え…あ、あの……」
「俺は、お前の待つこの部屋に帰ってくると言ったんだ。待てるな?」

顎先を掴まれたは今にも触れてしまいそうな程近くに迫ったフロストの深紅の瞳を見つめ、漸く意味を理解すると、もう一度「はい」と応えた。

「フロストさん」
「なんだ?」
「その…私、待ってますから…早く帰ってきてくださいね?」
「当たり前だ」

涼花にだけ向けられるフロスト柔らかい微笑みにつられるように頬を緩めると、二人はどちらともなく唇を重ねた。

「では、行ってくる…」
「はい、いってらっしゃい」

いつの頃からか始めたのか二人はこの後忘れてしまう。
二人にとっての微笑ましい『当たり前』は城に遣える者ならば誰もが羨む仲睦まじい光景の一つに称えられるのだった。




* E N D *





■戻る