■これがいわゆる恋なのだ
彼女と会ったのは…といっても見つけたのは福井が一方的になのだが、学校の図書室だった。 月1ペースで回ってくる委員会の当番で司書の真似事をする。 テスト期間中でもなければ利用者は殆どいない。 取り敢えず図書室の鍵開けて、取り敢えずカウンターに座って、時間になったら施錠をする。 福井にとってはそれだけの事の為に部活に出れないことがもどかしかった。 前に一度、委員会の仕事をサボって部活に出た事もあったが、監督に見つかり大目玉を食らった。 日頃から鍛えられている自負はあったものの、全力で逃げても延々と本気で竹刀を振り回しながら追い掛けてくるのだから、思い出しただけでも恐怖だ。 もうあんな目には遭いたくない。 そんな理由で仕方なくこなしているだけの仕事。 それだけだった筈だ…────── 彼女と出逢うまでは。 その日は偶々新しく本が入る日で、カウンター業務の他に棚の整理をしていた。 各部門毎にあらかじめ用意していた空の棚スペースに次々と本を埋めていく。 脚立に上り数冊ずつ本を収めていくと、下で一人の少女が此方を見上げていた。 「…今、作業中でそんなとこ彷徨いてたら本が落ちるかもしれないし、危ねぇんだけど?」 「ごめんなさい……その…今日入るって聞いてた本を探してて、つい…」 福井に声を掛けられ、慌てた彼女は俯いてしまった。 「何てタイトル?」 「…え?」 「あんたが探してる本」 「あ、えっと…───」 福井の手元にある本の中から彼女の告げた題名を探してみたがそこにはなかった。 まだ手つかずの新書はダンボールに入ったまま図書準備室に積まれている為、そちらにある可能性が高かった。 「悪ぃ…まだ仕分け済んでないかもしんねぇ」 「いえ、そんな…私こそお仕事の邪魔してすみません。また、来てみますね」 「ああ、俺が見つけたら真っ先に棚に入れとくよ」 「…ありがとうございますっ!」 向けられた笑顔が妙に福井の胸をざわつかせた。 それが、彼女──────との初めての出逢いだった。 取り分けて別段美人という風貌ではない。 大人しい控えめな印象と、柔らかい笑顔がどうしても頭から離れなかった。 初めて校内で彼女と分かって見掛けたのは2年の教室が並ぶ廊下だった。 休み時間に劉を構いに来てみたら、ちょうど彼女が通り掛かったのだ。 「あ、この間はどうもありがとうございました」 「っ!?あぁ…ども…」 情けないほど素っ気ない返事しか出てこなかった。 「福井、と知り合いアルか?」 「いや…知り合いっつーか……」 「この間ね、ちょっと本を探してて、手伝って貰ったの。えっと…福井先輩…ですか?」 「あ、あぁ…」 「あの時はすみません、名乗りもしないで…私、2年のといいます。劉くんと同じクラスです」 「ども…福井です…」 あの時と変わらない柔らかな笑顔がそこにあった。 「あの本もちゃんと借りられました。先輩、作業中だったのに、気に掛けて貰ってありがとうございました」 「いや…別に…」 もっと他に言いようがないものか。 女子と話すのに抵抗があるわけでも何でもないと思っていたが、まったくもって情けない。 結局、まともな話を振れずには「失礼します」と言って去ってしまった。 「…ん?福井、どうしたアル?顔がゆでダコみたいになってるアル」 「……おい、劉…ちょっと耳貸せ…」 首を傾げながら劉は福井の方へ耳を寄せた。 「───っぃでッ!!…っ、急にぶつなんて酷いアル!俺が何したっ!?」 「ウッセー!何か色々釈然としねぇし、何か無性にお前がムカついたから黙って殴られとけ!」 「『何か』って何アルか!?オーボー!リフジン反対アルッ!!」 「おー、難しい言葉覚えてきたじゃねぇか。大したもんだ」 尚も頭上で喚く劉の声がしたが、福井は気にも留めなかった。 ずっと気になってた子がまさか劉のクラスメイトだったとは… 何度も劉のクラスには顔を出しているのに全くの存在には気付いていなかった。 否、そもそもと話したのが図書館で初めてだったのだから別におかしなことではないのだが、何となく気付かなかった今までの自分と、完全にとばっちりを食っただけだが劉への妬みが疼いた。 「なぁ、劉…あの子の事教えろ…」 「は?」 「…っ!?だがらっ、さっきのって子の事教えろっつってんだよ。お前クラスメイトなんだろ!」 「なんでそんな事知りたがる…って、……あぁ…へぇ~…」 思いつたような素振りを見せた劉は、途端に好奇の表情を浮かべ、その鋭い瞳を面白そうに細めた。 「ウルセーな…いいだろ別にっ!」 自分の気持ちに気付いてしまったのだからもう後戻りなんてできない。 福井はからかいたくてうずうずしている劉に舌打ちし、照れ隠しに腹を小突いてやった。 ■戻る |