■私に好きだと言わないで
実に贅沢な悩みだと思うのだが、は恋人から贈られる所謂『愛の言葉』がとても苦手だ。 何も言ってくれないよりはずっといいじゃないかと友人達からは言われたが、自分には勿体無いというか、聞けば聞くほど疑わしく思えてしまって、自信をなくす。 が思う自分像とのギャップに、彼は本当にを見ているのか不安になるというものだ。 「えっと…今なんて?」 「だからね、もう私に『好き』って言わないでって言ったの」 「なんで?」 首を傾げて本気で意味が分からないとジェスチャーまでつける氷室は、こういう所を見ると帰国子女っぽく思えた。 「俺がを好きな気持ちを疑ってるの?」 「違うけど…恥ずかしいし……」 言われる度に不安になるなどと言っても、それがどうしてかなんて上手く伝えられる自身もなかった。 「日本の女の子はシャイだと思ってたけど、も本当に恥ずかしがるよね。そういうところも可愛くて好きなんだけど」 「ほらまた言うし!」 「あ…でも、仕方ないだろ?思った事を言ってるだけで嘘を吐いてるわけじゃない」 「言えばいいってモンじゃないの!」 「う~ん…日本のワビサビ?…難しいね。けど、に嫌われるのは俺も本意じゃないから、自重はするよ」 「……そーしてください…」 クスリと微笑んだ氷室は、徐にの背に回り込み、包み込むようにキュッと抱き締めた。 「ちょっ!辰也っ!?」 「言葉がダメなら態度で示したらいいのかなって」 耳許に低く囁く声にぞくりとした。 大体にして氷室という男は狡いのだ。 がどういう反応をするかなんてお見通しのクセにこうして次から次へと仕掛けてくるのだから。 「そういう問題じゃないのに…」 「は俺のこと嫌いになったの?」 「なっ!そんなわけ…ないじゃん…」 「じゃあいいでしょ?こうして二人きりで過ごせる時間は限られてるんだし、有効利用しないと。俺はいつだってが足りないんだから」 「…なにそれ…」 「そのまんまの意味だよ。俺ばっかりのこと想ってる気がして少し不安になるけどね」 「ち、違っ…───」 「───分かってる。…偶に、少しだけそう思うってだけだから」 愛情表現過多な氷室に対して見ればからのアプローチは確かに少ない。 常にお腹いっぱいなに対して氷室が物足りないと言うのも分からなくもなかったが、すぐに変わるというのも無理な話だ。 そして、それはお互い様。 「俺はこうしてに触れていれば不安なんてあっと言う間に消える。はどうしたら安心する?」 「え?…」 「恥ずかしいだけじゃないことくらい俺だって気付いてるよ。ね?俺はどうしたらいい?本当に『好き』って言っちゃダメ?」 背中から伝わる氷室の体温が宥める様にを包み込む。 だから狡いというのだ。 が伝えられないことまで彼は全部知っている。 「…もう少し、このままでいて?」 「Cheap patronized……」 は氷室の腕に自分のそれを絡め、キュッと抱き締めた。 「ありがとう、辰也。…好きだよ……」 「うん。……I love you,my sweet…」 顎先を掴まれ重ねられた唇。 ほんの刹那の出来事が、永遠のように感じた。 ■戻る |