■君は愚かなことをして
普段は人気のない屋上に二人の男女の影があった。 「、こんな所に呼び出してどうしたんだ?教室じゃ話しにくいことなのか?」 「う、うん…教室はちょっと…ね」 クラスメイトのに呼び出された氷室は、呼び出したものの中々話を切り出そうとしないの様子を見てふと期待を疼かせた。 実のところ、日本に来て、この陽泉高校に編入してから女子からのこういった呼び出しは何度か経験していた。 知っている子だったり、全く知らない子だったり様々だが、内容はどれも同じだった。 「あのね、辰也…今さ、誰かと付き合ってたりする?」 やっぱり…… 心のどこかで氷室は確信した。 きっと、後に続く言葉も期待するものに違いない…と。 「いや、そういう人はいないよ。でも、珍しいね、がそういう話してくるのって初めてじゃない?」 「う、うん…そう…かもね…」 氷室はこれまでこうした呼び出しで『告白』を受けてきた。 だが、申し訳ないと思いつつもその全てを断っていた。 部活に集中したい…そう言えば大抵の子は引いてくれたが、本当の理由は別にあった。 ずっと、気になっている子がいる。 そして、今まさにその相手であるが氷室を呼び出してきたのだ。 思いを告げるなら自分からと決めていたが、まさか順番を狂わされるとは氷室にとって嬉しい誤算でもあり、少し悔しい思いもある。 いっそ、今からが本題を切り出す前に打ち明けてしまおうか…────── そう思った矢先の出来事だった。────── 「あのさ…結未のことどう思う…かな?」 「…え?」 「ホラ、同じクラスだし、よく話したりするじゃない?」 どうやら雲行きが怪しい。 が突然出した名前は氷室とのクラスメイトで、の親友である山中結未……今、この流れでこの場に居ない彼女の名前が出るのは明らかに不自然だった。 「どうって言われても…随分唐突だな。それに、話くらいはするだろクラスメイトだし」 「うん、そう…なんだけどさ…」 「、話って何?山中さんがどうかしたの?」 氷室はこみ上げてくる苛立ちをどうしても隠せなかった。 別にが悪いわけでも、この場に居ない結未が悪いわけでもないのだが、それでも釈然としない。 「───…結未のこと女の子としてどう思う?付き合ってみたりとか───」 「───いい加減にしてくれっ!」 それ以上は聞きたくなかった。 とても耐えられる自信もなかった。 「なんでそれをが言うんだ、俺に…」 「ご、ごめ…そうだよね、こういう事はちゃんと本人から言わないとだよね!私ってば頼み込まれてつい引き受けちゃったけど、こんなのダメだよね…」 「違うっ!そうじゃ…ない…そうじゃなくて……っ」 「辰也…?って、え?ちょっ、ちょっと!?」 言葉にするよりも早く、気持ちだけを伝えたい一心で氷室はの手を引き寄せ自分の胸元に抱き締めた。 もっとスマートに伝えたかった。 微笑み合えるような場面にしたかった。 考えれば考えるほど理想としたものとは今の状況は程遠く、氷室は心底辟易した。 けれど、胸の中にある想いは変わらない。 「…好きだ」 腕にすっぽりと収まるの躰はびくりと跳ねた。 「俺が好きなのは…君なんだ」 「…ウソ……」 氷室はを抱き締める腕に更に力を籠めた。 彼女の耳許に唇を寄せ掠れる声で再度「好きだ」と呟くと、は氷室のブレザーをキュッと握った。 「嘘でもなんでもない。俺はが好きだ。ずっと…どう打ち明けようか迷ってた。でも、いつかはきちんと伝えようって…勿論、こんな形になるなんて思いもしなかったけど」 「辰也…そんな…私…だって、全然そんなの気付かなくって……」 混乱するを宥める様にそっと背中を撫でた。 それは小さく細い肩。こんなにも華奢な存在を氷室はもう手放せないと…そう強く思った。 「困らせてゴメン。でも、俺の気持ちは変わらないから…以外の誰の気持ちも俺は受け取れない」 ゆっくりと見上げてくると視線が交わる。 今度は何を言われるのだろうか…そう考えるだけで氷室は酷く緊張した。 今まで築いてきたとの関係も壊れてしまうのだろうか…と。 「私…───」 「───ダメ。まだ、何も聞きたくない」 氷室は咄嗟にの口を手で覆い言葉をった。 「このまま何を言われても行き当たりばったりな答えしか貰えないだろう?悪いけど、俺の想いはそんな軽くないんだ。が俺を意識してなかったのは、俺も変に意識させないようにしてたから。気安い友達ぐらいのポジションから始めて良ければいいって思ってたからね」 ネタばらしなんてカッコ悪い事をする羽目になるなんて思わなかったと氷室は苦笑した。 「…まったく…いくら友達の頼みだからってどうしてが俺に代理告白なんてするんだ?折角これから少しずつ、が俺を意識してくれるようになれたらって思ってたのに。今、俺がどれだけショックを受けてるか…なんてには分からないんだろう?」 掌の下でもごもごと騒ぐに構うことなく氷室はの口を覆ったままの自分の手に顔を寄せた。 「好きだよ…愛してる…今すぐじゃなくていいから俺を選んで?」 チュッと小さなリップ音をさせて氷室はの額に口付けると漸くを開放した。 そして、そのまま立ち去ろうとドアの方へと歩を進めた。 「…辰也、待って!」 「言っただろ、今日はもうこれ以上何も聞きたくない」 「でも……」 「ダメだよ。俺は怒ってるんだから。代理告白なんてバカなこと引き受けた罰だ」 「辰也…」 「ああ、山中さんには俺から断るから気にしないでいいよ。勿論、俺がを好きな事も言うつもりはない。それは俺とが知っていればいいことだ。それに…──────」 「これで俺を意識しないわけにはいかなくなっただろ?」────── 氷室の少し長い前髪がふわりと揺れ、瞳を細めて嗤って見せた。 残酷にも見える綺麗な微笑みは呆然と立ちすくむをしっかりと捕らえていた。 ■戻る |