■だったらおれ一人で恥をかけばいい
これは単なる勘違いなのかもしれない…────── 日向はここ数日何度も繰り返し考えていた。 切欠は…そう、ほんの些細な出来事だった。 同じクラスで、席替えして、隣同士になって…今まであまり話したことがなかったと話すようになり、自然と会話も弾んだ。 彼女の笑顔を見るのが心地いいと感じるまでそう長くは掛からなかった。 朝来れば「おはよう」と言って、ホームルームが終われば「部活頑張ってね」とか、「いってらっしゃい」などと言ってくれるものだから、いつも素っ気なく「おう」としか返せない自分の不甲斐なさを呪うことはあっても、内心はほっこりとする幸せを噛み締めていた。 は誰にでも気さくで優しい。 だから、実を言えばクラスの男子の中でもかなり人気がある。 外見がずば抜けて可愛いという訳ではないのだが、彼女の笑顔に癒さられているのは何も日向に限ったことではないのだ。 それが、単なる癒しとしての喜びなのか、『恋心』なのかどうなのかと悩んだことも勿論ある。 けれど、何をどう難しく考えようとしても所詮無駄に終わった。 単にが隣で笑っている。 それだけで日向自身も嬉しいと感じているのだから、それ以上でも以下でもない。 ───俺はが好きだ─── 認めてしまえば簡単だ。 ちょっとした休み時間でも席から離れる事が少なくなり、代わりにに声を掛けるようになっていた。 少しでも色んな話がしたい。傍にいたい。他の男と話して欲しくない…と。 そして、もまたそんな日向に付き合ってくれていた。 見たところ、会話をしていても尚嫌がられている素振りはない。 嫌われてはいないだろうというだけで日向には嬉しいもので、自分を好きになって欲しいという気持ちはエゴだと思っていた。 「バスケ部また勝ったんだって?凄いね」 「いや、まだまだ大会は始まったばっかだし、強豪とやり合って、そこに勝ってからじゃないとなぁ…」 時々する部活の話にも、はバスケに詳しくないと言いながら興味を持って聞いてくれるのが嬉しかった。 「でも、全国行くんでしょ?今年も宣言してたしね」 「あ、あれは……まぁ、全国には行くし、テッペン獲る事しか考えてねーっつーか、今年は夢とか遠い目標とかじゃなくてさ、マジで狙えるメンツが揃ってるんだ。だから全力で挑む!それだけだな」 「そっかぁ~…やっぱり凄いよ。それに、そんなに一生懸命になれるものがあるって羨ましい」 「どーだかな。足りねーもんばっかだから必至になってるだけなんだろうけど…でも、やりがいはあるよ」 「うん、バスケの話してる時の日向くんはそんな顔してる」 にこにこと微笑むが可愛くて、話しながらでも変な汗が出てきた。 がくれる笑顔は自分に対してだけではないと分かっている。 それでも、今、目の前にある笑顔は日向だけに与えられたものだ。 「…あの、さ…」 「ん?」 「次の試合、今度の日曜なんだ。…まだ全然トーナメントの下の方だし、いきなりこんなこと言うの迷惑かもしんないんだけどさ、良かったら見に来てくれないか?」 日向は真っ直ぐにを見つめてそう告げた。 キュッと固く一文字に結んだ口が微かに震える。 突然試合観戦に誘われて、はじめはきょとんとしていただったが、すぐに優しく瞳が細められた。 「行ってもいいの?」 「ああ、いつも話聞いて貰ってるに実際の試合を見て貰えたら…その…励みになるっつーか、気合い入るから、絶対っ!!…いつもより勝てそーな気ぃするし……」 もぞもぞと尻つぼみになる日向に、は一層笑みを深めて大きく頷いた。 「絶対行くよ。いっぱい応援するね!」 「お、おう…サンキュな……」 そうして迎えた試合当日。 日向はコートに入ると客席を見渡し、すぐにの姿を見つける。 一生懸命に声を掛けてくれているを見て俄然やる気に火が付いたのは言うまでもない。 これは単なる勘違いかもしれない────── それでもいい…今日の試合勝って、そしたら…… 彼女に気持ちを伝えよう…────── そして彼女に約束する。必ず全国制覇する事を。 もし、試合に負けたら? もし、ただの片想いで撃沈したら? 今はそれを考えない。 最高のイメージしか持ち合わせていないのだ。 …というよりも、日向は心に決めていた。 試合は兎も角、に関してはそもそも勘違いかもしれないのだから、玉砕も覚悟の上だ。 それでもいい。 「去年屋上でアレやってから多少の事じゃビビんなくなったし、一時の恥くらいなんでもねーな…」 バッシュの紐を締め直し、独り言となって呟いたそれを隣にいた伊月が不思議そうに尋ねた。 「日向~、試合前にどーした?珍しくナーバスになってるとか?」 「ダァホ、そんなんじゃねーよ」 「ならいいけど、頼むぜ、キャプテン」 「ああ……っし!オメーら!気合入れていくぞぉっ!!」 円陣を組み、気合い入れの掛け声で一気に士気は高揚する。 日向はいつものようにメンバーと拳を突き合わせると、コート上のセンターサークルへ向けてゆっくりと歩き出した。 ■戻る |