■一緒に歩けば恋人同士だと思われる



「毎月の恒例と分かってても気が重いな」
「そうだねぇ~」

誠凛高校で毎月1日に行われる朝の風紀チェック。 と伊月は回ってきた当番を終えて自分たちの教室へ戻る途中だった。

「そういえば、伊月くん当番ある時は朝練出れないんだよね?」
「あぁ、仕方ないよ」
「別に校門に立ってるだけだし、練習優先してくれていいのに。バスケ部の大会だって近いんでしょ?」
「そういう訳にもいかないって。…大丈夫、朝出れない分はちゃんとフォローしてるから」
「そう?なら良いけど…大会、頑張ってね!」
「あぁ、ありがとう」

たわいもない会話を交わしていればあっと言う間に教室の前に辿り着く。 伊月とは隣のクラスだが、委員会が切欠でよく話すようになった。 実のところ、彼は学年の中でもかなり人気がある。 変なダジャレが偶にキズだが、それでもルックスといい、人当たりの良さといい、何かと目立つ。 彼に恋焦がれている女子はたくさんいる。 でも、誰が告白しても返ってくる返事は決まって『NO』だということも周知の事実。 部活に励んでいる姿はみんな知っている。 そして、今年はいよいよかなりいいところまで狙えるんじゃないかという期待のチームになったと専らの噂だ。 そんなところで活躍しているのだから部活優先と言われてしまうのも頷ける。 実際、彼はとてもストイックな部分があるからそれ自体は全く不思議はないのだが…

「ねー、って伊月くんと付き合ってるってヤッパ本当だったの?」
「昨日も伊月くん1年生に告られてたってよ~。モテる彼氏持つと大変だね~ちゃんと彼氏捕まえとかないと~」
達っていつデートしてんの?まさか月一の風紀チェックがそうとか言わないよね?」

等々…口々に囁かれる耳を疑うような話題。 伊月とは委員会の時や廊下ですれ違ったり、食堂で偶に会ったりなど偶然出会う時にお互い顔見知りだから声も掛けるし、何気ない会話くらいする。 その程度の付き合いしかないのに、の周りでは伊月とは付き合っている事になっているらしい。 話を振られる度に違うと誤解を解いているのだが、何故か一向に減らない。 特に一緒にいる所を見られた後は誰かしらがこの話題を振ってくる。 正直、悪い気はしなかった。 伊月は人気関係なしにいい人なのはよく知っているし、ちょっとでも親しく見えるのなら素直に嬉しい。 けれど、それはあくまでもだけの思いだ。 もし、伊月の方にも似た様な話が振られていたら、きっと迷惑しているだろう。 伊月と話す限りでは、今の所そういう事は聞いたことがないが、最近どうにもこの手の話が増えてきているように思えたは途端に心配になった。



「あの~、伊月くん居ますか?」

昼休みにそっと隣のクラスを覗き込み、近場にいた子に尋ねると、すぐに伊月を呼んでくれた。 足早にの元へ来た伊月はいつもと変わらぬ風体で、片手にはサンドイッチがあった。

さん、どうしたの?珍しいな」
「あ、うん…ゴメンね、お昼時に…」
「いや、全然いいよ」
「あのさ、伊月くんに訊きたい事があって…でも、ちょっと此処じゃ言いにくいんだけど…」
「ん?…それじゃあ、屋上にでも行く?」
「うん」



昼休みの屋上は意外と穴場だ。 全校生徒自体がまだ2学年しかない新設校で生徒数も他の学校と比べたら絶対数が少ない上に、購買や学食と離れていてベンチなどの設備も揃っていない屋上にわざわざ来る生徒は少ない。 抜けるような青空の下、伊月はサンドイッチを頬張りながらへと振り向いた。

「そういえば、さんお昼は?」
「後でパン食べるつもり」
「それじゃ午後もたないよ。…はい」

伊月は残っていたサンドイッチを一つに差し出した。

「え、いいよ。伊月くんのお昼でしょ?」
「俺はこれの他にも食べてたから平気。ほら、遠慮しないで。天気良くて気持ちいいし、一緒に食べよう?」

そう言って笑顔を向けられてしまえば何も言い返せない。 基本的にいつも穏やかな伊月だが、時々、妙に凄みがあるというか、有無を言わせないところがある。
はおとなしくサンドイッチを受け取るり、「いただきます」とツナサンドを一口噛じった。

「美味しいっ!」
「でしょ?俺んちの近所のパン屋さんのやつなんだけど、オススメ!」
「うん!マヨネーズが絶妙♪玉ネギもシャキシャキで食感サイコー!!」
「喜んで貰えて良かった。こんなんで良かったらまた今度ご馳走するよ」
「いやいや、お店教えて。行ってみたい」

伊月は少し驚いたように目を見開いた。 そして、すぐにその瞳は優しく細められ、にっこりと微笑みを向けられ、は思わずドキッとした。 伊月といるとなんでもない話でもつい盛り上がってしまう。

「そんなに喜んで貰えると思わなかった。…って、ゴメン、話あるって言ってたのに全然関係ないことばっかだ…」
「ううん、私こそ急に呼び出したりしてゴメンね」
「いや、それは構わないんだけど、どうかしたの?」
「うん…何かあったとかじゃないんだけど、ちょっと気になることがあって…その…最近ね、妙に噂されるっていうか……」

言葉を濁しながら伊月の顔色を伺うが、サンドイッチの最後の一口をもぐもぐと頬張っていた。

「あのね、なんか…私と伊月くんが付き合ってる…みたいな事をよく聞かれるようになってて…私は!…別に、ただの誤解だし、噂だし、ちゃんと説明すればそれで済むからいいけど、もし伊月くんも同じようなこと言われてたら迷惑してるんじゃないかと思って……」

指先に吐いたゆで卵の欠片をペロリと舐めながら、伊月の涼やかな瞳が向けられた。

「なんで?」
「え?……」
さんはなんで俺が迷惑してるとか思ったの?」
「だって、そうでしょう?全然違うのに…デタラメな噂立てられたら…嫌かなって…」
「俺は嬉しかったからわざわざ放置してたのに?」
「そうなんだ……って、は?…」
「結構前からよく『さんと付き合ってるの?』って聞かれるようになって、周りからそう見えるんだなぁ~って思ったら嬉しかったから、ありでもなしでもない答えしてきたんだ」

どうりでがいくら誤解を解いて回っても噂の数が減らないわけだ。 まさか本人自ら捨て置いていたとは思いもよらなかった。

「……なんで?」

今度はが伊月に投げかけた。
そして、ふわりと微笑わらった伊月はへ一歩、二歩と近付き、の手を掴むと、持っていた食べかけのサンドイッチをそのままパクリと噛じった。

「嘘から出たまことってのもいいなって思ったからだよ。そりゃあ、クラスも違うし、俺は部活もあるから時間はあんまり作ってあげられないかもしれないけど…サンドイッチ一緒に食べるくらいしかできない甲斐性なしでも良かったら、俺はもっとさんと近付きたいって思ってるんだけど。…どうかな?」

ほらまただ。伺いを立てるフリして有無を言わせない表情かおをする伊月には何も言葉が見つからない。 伊月に食べられて残り一口になってしまったツナサンドを口に放り込み、もぐもぐしながらそっと伊月の袖を摘んだ。 ゴクリと飲み干したと同時には伊月を見上げた。

「一緒に、パン屋さん連れっててくれる?」
「勿論」

静かに答えた伊月は、風にサラリと揺れる前髪の奥で優しい微笑みを浮かべていた。




* E N D *


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