■あなたの助けなんていらない
「ほら、~無理せんでえぇって…な?」 「い~や~だ~」 「せやかて無理なもんは無理やろ?人間、とっとと諦めるんも大切やで~」 「絶対に、嫌っ!!」 この押し問答は数刻前から度々繰り返されていた。 今吉が部活を引退してから受験勉強を一緒にする時間が増えたことはにとっても嬉しいことだったが、今日の勉強会は些か趣向が違っていた。 「そないつまらん意地張らんと…可愛ないで~」 「可愛くなくて結構です」 「まぁえぇわ。この分なら賭けはわしの勝ちで決まりやろうしな」 そう言ってニヤリと今吉の意地悪な口許が歪んだ。 いつものように問題集を淡々と解いていくだけでは味気ないと言って、お互いが選んだ問題を交互に解いていくゲームをしようと今吉が言い出したのだ。 勉強しつつ、遊びの要素も取り入れる事にはも面白そうだと乗ったのだが、それだけではすまなかった。 「折角やし、解けなかったら罰ゲームっちゅーんはどや?」 「罰ゲーム?…何?ジュース奢れとか?」 「アホ。わしとでやるんやから、もうちょい色気あるもんにしとこーや」 「は?ちょっと、何させる気?へ、変なこととかしないからねっ!」 「彼氏にされて困る事なんか何もあらへんやろ?それに、そんなに嫌ならが勝てばえぇ話や。どーせ同じ大学受けるんやし、同じ問題集やってるや。条件は一緒。だって勝つ確率は五分五分やろ?」 「…ぅ…で、でも…ねぇ、ホント罰ゲームって何するつもりなの?」 「せやな…が勝ったら1個だけなんでもお願い聞ぃたるわ。そんで、もしわしが勝ったらわしのお願いを1個聞いて貰うっちゅーんでどや?」 条件は全く一緒だと強く推してくる今吉だが、そもそもの成績を考えれば、全く一緒ではない。 悔しいことに初期スペックは圧倒的に今吉の方が上なのだ。 全然フェアーなゲームではない。 「そんなの翔一が有利に決まってるでしょ?」 「ダメか?おもろそーやと思ったんやけどなぁ…せや、ほんならが解けへん問題1個だけわしが教えたる。サービスアイテムみたいなもんやな」 「え…」 「ただし、使えるんは1回だけや」 「…う~ん…それなら、私でも頑張れるかも…」 とて今吉と同じ大学に進もうと決めてからは随分と頑張ってきた。 実力も定期テストや模試でかなり伸びてきているのを実感している。 交互に解いていくルールなら、きっと全く今吉に歯が立たない事もないだろう…そう思って、最終的には今吉の申し出に頷いたのだった。 そして、先に出題していいと言われてが選んだ問題をアッサリと解かれてしまい、次はの番。 「せやな…これ…いっとこか……」 差し出されたページを見て、は思わず顔が引きつった。 「なっ!…なにコレ~っ!!」 「しーっ!、ここ図書室やで。静かにせなアカンって」 人差し指を口に当てながら意地悪な瞳を細めて今吉は笑っていた。 は慌てて周りを気にしながらも声を潜め、改めて今吉に抗議した。 「だ、だからね、この問題…こんなの───」 「───解けへんかて大丈夫や。そんな時の為にわしがおるんやろ?」 今吉が選んだ問題は、問題集の巻末についているおまけのようなもので、更に上級の…それこそ大学で習うような問題だった。 やり込んでいる問題集ではあったが、はそのページには手を付けておらず、解き方も答えも全く知らなかった。 「…狡いよぉ~…もぅ~」 「何ゆーてんねん。ちゃんと問題集の中から選んだ問題やろ?それに、ちょっと落ち着いて考えたらそない難しい問題でもないんやで?…どないする?ここでサービスアイテム使っとくか?」 「お…お願いします……」 まさかの1問目から今吉に助けて貰う羽目になってしまった。 とはいえ、何をどう頑張っても解けそうにない問題で、今吉が解説しながら解いてくれても、には半分も理解できなかった。 初っ端からハンデキャップを埋める為のアイテムは消えてしまい、この先一問も間違えられない状況へ陥ってしまい、は今更ながらにこんなゲームに乗ってしまった自分を呪った。 「ねー、もうあんな問題引っ張ってくんのやめてよね」 「別にズルはしてへんやろ?」 「そうだけど…受験の範囲外でしょ?」 「わーった、わーった。可愛ぇ彼女の頼みや、次からは意地悪せんとちゃんと選んだるわ」 「そーしてちょーだい」 それから暫くは、交互に問題を解いていくやり取りが続いた。 相変わらず今吉はが問題を出したそばからスラスラと解いていき、は時々つまりながらも、ゆっくり考えながら何とか問題を解いていった。 そして、その時は遂にやってきた────── の手が完全に止まってしまったのだ。 「~…固まっとるけど大丈夫かぁ?」 「だ、大丈夫…ちょっと、考えてるんだから黙ってて」 「ハイ、ハイ…っと♪えぇよ、の好きなタイミングで降参しぃや~」 「しないっ!」 「別に罰ゲーム言うたって、お願い1個聞くだけや。なんてことないやろ?」 「嫌。翔一相手じゃその『1個』が怖いの」 「彼氏捕まえて随分な言い草やなぁ~。まぁえぇよ。どーぜ時間の問題やから」 ニコニコと微笑む今吉は本当に意地の悪い顔をする。 がギブアップするその時をカウントダウンしているかのように今吉はを急かすわけでもなく、ただじっと待っていた。 全てを見透かされているようなこの状況が悔しくて、でも、目の前の問題がどうしても解けないでいるは、正面の胡散臭い笑顔と、眼下の難問とを恨めしげに交互に見やった。 ■戻る |