■頼もしい大きい掌
夜の帳が落ちた闇の中、は眠れずにぼんやりと天井を眺めていた。 闘っても、闘っても終の見えない毎日に辟易しながらもギリギリの所で自分を保っている。 周りで支えてくれる彼らの為にも、自分が弱くあってはならないと、そう強く思っている。 でも、今日のように負傷者が出てしまうとどうしても胸がざわつくのだ。 助かると分かっている。 その為の手入れをこうしている今も続けているのだから。 耳をすませば聴こえてくる鉄を打つ甲高い音。 はキュッと掛け布団を握り締めた。 暫くは布団の中でもぞもぞとしていたが、どうしても寝付けそうになかったはとうとうその身体を起こし、まるで導くような月明かりに照らされた障子の向こう側へと自室を出て行った。 夜も深い時分。戦闘もあった日だ、流石にみんな疲れているのだろう、昼は賑わう本丸もそこかしこが静まり返っていた。 特に目的もなく徘徊していると、回廊から闇夜を照らす美しい満月が目に飛び込んできた。 の暮らしていた現世とは異なり、月や星の明かりが眩しいのだが、今日の月は満月の所為だろうか、いつもよりもずっと大きく見えた。 その荘厳なまでの美しい輝きに思わず目を奪われる。 「どーした、そんな物憂げな顔して。まるでお月さんに惚れてるみたいだな」 突然背後からした声に驚いたは、声を出すことも忘れて固まった。 ゆっくりと振り返った先に居たのは和泉守兼定だった。 「兼定さんでしたか…もぅ、足音もしなかったから吃驚しました」 「おぉ、悪ぃな。昔からのクセってやつだ、気にすんな。っつーか、もう少し気配読めるようにならねぇといつ何時敵に襲われるか分かんねぇぞ?」 「そ、そうですよね。…気を付けます…」 いくら本丸に居るからといっても状況が状況だ。 何があってもおかしくないというのに、少し気が抜けていたのかもしれないとは視線を下げた。 「なぁに、心配すんな。この俺の目が黒い内はお前に指一本触れさせねぇよ。…ビビらせて悪かったな」 兼定は大きな手でポンポンとの頭を撫でた。 「いえ、私も此処に審神者として居る以上は皆さんに迷惑掛けるわけにいきません。もっと、しっかりしないと…」 「俺がけしかけといてなんだが、お前さんは少し気負いし過ぎだ。迷惑なんて思ってる奴は此処には一人もいやしねぇよ。勿論、俺もな。実際、はよくやってる。だからギリギリの所で皆踏ん張ろうと思えるし、誰も命を粗末にしねぇんだ。それに、男が女を守るのは自然の摂理だ。だからお前は可愛く守られてろ、な?」 月明かりに照らされた兼定の笑顔。 いつだって無邪気に子供みたいに微笑う彼がの心を軽くしてくれる。 「ありがとうございます」 「おっ、やっと笑ったな。よし、よし。まぁ、いいってことよ。…で、スッキリしたところで今度は眠れそうか?」 「え?」 「お前のことだから、どーせ今日の戦で負傷した奴らの心配でもして、寝付けなかったんだろ?」 「…なんで分かったんですか?」 が不思議そうに見上げると、兼定は一瞬目を見開いて、すぐさま瞳が柔く笑んだ。 「俺を誰だと思ってんだ?自分の主の考えてることぐれー何でもお見通しだ。それくらいの方が頼りがいがあってカッコイイだろう?」 おどけて見せた兼定は少し乱暴にの頭を撫でくり回した。 「戦なんてお前にとっちゃ足が竦むような事ばっかだろうけど、大丈夫だ。怪我した奴らだってちょっと休めばすぐ元気になる。ちょっとやそっとで折れちまうようなそんなやわな刀は誰一人いねぇよ。信じろ。お前が信じてくれた分だけ俺たちは強くなれる」 「はい……私、もう大丈夫です」 「そっか…どーしても眠れねぇってんなら、俺が一晩中添い寝してやってもいいんだぜ?」 「なっ!?何言ってるんですかっ!!」 「あぁ、眠れるかどうかっつったら…寝かさねぇけどな」 兼定は慌てふためくを余所に事も無げにニヤリと不敵に口角を釣り上げた。 闇夜に月明かりに照らされた彼はそこに在るだけで眩しく、美しかった。 ■戻る |