■あなたの温もり【前編】
手放しで甘やかしてくれる優しい人。 その手に触れればいつだって温かく包んで、迷っていたら手を引いて導いてくれる。 自信たっぷりの少し悪戯っぽい笑顔もには何者にも替えようがない大切なものだ。 「月は明るいが、いい加減夜も深い。明日も早ぇからもう寝とけ。部屋まで送ってやるよ」 「はい」 眠れない夜に偶然居合わせた和泉守兼定。 彼はが何も言わなくても欲しい言葉と安心をくれた。 口はお世辞にも行儀いいとは言えないが、その豪快で何者も寄せ付けない気迫と確かな強さに それでも…────── ゆっくり歩いてもあっと言う間に着いてしまうの自室の前、二人は足を止めた。 「じゃあな、。ちゃんと寝るんだぞ?」 兼定の大きな掌はの頭を撫でた。 そして、ゆっくりと離れていく感触には思わず兼定の着物を掴んだ。 「兼定さん…」 「ん?どうした、俺と別れるのがそんなに寂しいのか?」 言われてみて途端に恥ずかしくなる。 子供みたいな駄々捏ねて引き止めてるに過ぎないなんて… 「~、黙んなって。そこは冗談言うなっつって流すとこだろ?」 頬に添えられた兼定の手から伝わる温もりに、の心臓が跳ねた。 顔が熱い…きっと、今鏡を見たら真っ赤になっているだろう。 暗がりで顔色は分からなくても、直接触られていたら勘のいい兼定の事だからきっと気付かれてしまう。 「あ、あの…もっと一緒に居たいです。…ダメですか?」 カラカラの喉からか細い声を絞り出したを兼定の鋭い視線が真っ直ぐに見据えた。 一切の笑が消えた彼の顔を見て、怒らせてしまったのだろうかとは焦り、「ごめんなさいっ!」と言い捨てて自分の部屋の障子の中へ飛び込んだ────── 「──────…待てよ」 部屋に入ろうとした刹那、手首を掴まれたは逃げる事は叶わなかった。 「お前が冗談でその手の話言う奴じゃないのは分かってる。だから、あえて訊くぞ。お前に俺を部屋に入れるつもりがあるのか。それがどう言う意味か……言っとくが、女が勇気振り絞ってまで誘ってんなら俺は応える。それが惚れた女なら尚更だ」 「え…?」 「…そんな顔すんな。女は守るが、なんとも思ってねぇ女に甲斐甲斐しく世話やく程お人好しでも、人間出来てもねぇよ…俺は、お前が審神者だから大切なだけじゃねぇ。っていう一人の女に惚れてんだ」 困ったように そんな照れ隠しとすぐ分かる仕草にもは呆然としていた。 目の前に起こった事、彼から言われた事が上手く飲み込めない。 「おい、。放っておかれるのはちと勘弁なんだが…」 「……はっ!?そ、そうですよね!すみませんっ!!」 「謝んな。フラれた気になるだろうが」 「えっ、え…と……」 おろおろするを見て、クスクス笑い出した兼定は徐にとの距離を詰めると両の腕を大きく広げ、あっと言う間にを包み込んでしまった。 「か、兼定さんっ!!」 「聞こえねーな。…いいか、。俺はそんなに気の長ぇ方じゃねぇんだ。惚れた女が夜着で真夜中にウロウロしてるだけでハラハラしたってのに、目の前でこんな可愛い 「兼定…さん…?」 「もう待つのは終いだ。…観念して俺の女になれ……」 耳許に吐息と一緒に低く囁かれる 「ホラ…返事は?」 顔が見えなくても今の彼がすごく意地悪な顔をしているのは何となく分かった。 そうして答えをせがまれ、はキュッと兼定の着物にしがみつき、トクトクと鼓動の聴こえる彼の胸元に身を委ねると「はい」と小さく頷いた。 兼定はより一層強くの躰を抱き締めると、ひょいとを横抱きに抱え、開いたままになっていたの部屋の中へ進み行った。 ■戻る |