■幸せならそれでいい



時計の針が12時をまもなく差そうという時分。 休日のまったりとした時間の流れの中、程よい空腹感を伴う頃合にジュージューとフライパンから聴こえる音と食欲を誘う香ばしい香りが漂う。 キッチンに立つ火神の背中をはリビングのソファーから眺めていた。 部活の練習や試合のない貴重な休日に過ごす火神との時間は大概火神宅で自宅デート。 その殆どがテスト期間という逃げられない現実はあるのだが、火神の赤点回避というバスケ部からの勅命を口実にこうして二人きりの時間を過ごせるのは嬉しかった。 加えて、火神の家は広くてのんびりできる上に料理上手な彼氏がご飯を振舞ってくれるという贅沢空間だ。 は火神の家に来るのがとても気に入っていた。

、もうちょいでできるから皿出してくれるかぁ~…って、お前何こっち見てんだよ」
「いいじゃん。料理してる大我見るの好きなんだもん」
「アホか…」

照れ隠しの悪態だっては笑って一蹴する。 のそりとソファーから離れて食器棚から二人分の食器を取り出すと、ちょうど火神も火を止めた。

、ちょっと…」

手招きする火神に呼ばれて隣に並ぶと茹で上がったばかりのパスタを1本差し出された。

「茹で加減見てみ?」
「う、うん…」

火神の手ずからパスタをちゅるりと口へ入れた。 パスタよりも火神の指の方が主張が強くては途端に顔が火照った。

「どーだ?」
「…ん、いいと…思う…」
「なんだよ、顔赤くして」
「だって…」



なんだか恥ずかしい…



言葉に出すのも気が引けては火神から視線を逸した。

「…つーか、指舐めんのなんかエロいな…」
「っ!?バッ、バカ!そういうこと言わないでよ、もぅ……」
だってそう思ったんだろ?なぁ、もう1本食うか?」

ニヤニヤと面白がる火神には唇を尖らせた。

「結構です!」
「あっそ。残念…」

わざとに食べさせた指をペロリと舐めやる火神のしたり顔にはまた顔を赤らめた。 火神は偶にの反応を分かっててこういう意地悪をするから狡い。 学校にいる時はそうでもないのに二人きりになるとこうしてをからかうのだ。 普段見せない火神の一面を見せられているようではその度にドキドキする。

「もぅ…いいから出来たなら並べるでしょ?この台ふき借りるよ?」
「おー、サンキュ」

料理を盛り付けながらニカッと微笑う火神にも笑みを返した。 一緒にいるだけで幸せ。 本気でそう思えるのだから不思議だ。
特別なことなんて何もいらない。 ダイニングテーブルには火神特性のカルボナーラがホクホクと湯気を登らせている。 は自分用の普通盛りと火神用の特大盛り二つの皿を向かい合わせに並べた。

「よしっ!食うか」
「うん、いただきます」

火神が作ってくる料理はなんでも美味しい。 も全く料理をしないわけではないが火神の腕にはとても敵わない。 火神はもっと大雑把なタイプかと思えば家も綺麗に片付いていて意外ときっちりしてるし、割と家庭的だったりする。



そして……──────



を愛してくれている──────



どんな時でも感じる火神の愛情が嬉しくて、愛しくては繰り返し火神に恋をする。






食事を終え、後片付けを二人でした。 シンクの前に並んで火神が洗った食器をが拭いていく。 たわいもない会話と朗らかな雰囲気につい和んでしまう。 だが、この後はいよいよ勉強という敵に対峙することを忘れてはいけない。 は成績も中の上と安全圏にいるから問題ないのだが…

「ねぇ、大我…今度のテスト本当に大丈夫?」
「なんだよ藪から棒に。大丈夫だろ。今までだって何とかなったし」
「首の皮一枚でやり過ごしてきてるだけでしょ…今度は今までより範囲広いし、しっかりしてよね?」

火神の脇腹を小突くと流石に多少の自覚はあるようで、火神も「うっ」と言葉を詰まらせた。

「わーってるよ。その為にカントク達もを寄こしたんだろ。やれるだけやるって」
「そーしてちょうだい」

は持っていた布巾とフォークを置き、火神の腰に腕を伸ばすとキュッと抱き締めた。

「おっ!おい、!?」
「私、バスケしてる大我が好きなんだからテストなんかで躓いたら承知しないからね?」
「…おぅ。…っていうか、俺動けねぇんだけど…」

泡まみれで濡れたままの両腕を掲げて火神は恨めしげにを見下ろした。

「知ってる。ほら、まだ洗い物残ってるんだから手動かして」
「…お前なぁ……胸、当たってんだけど?」
「うん、知ってる」

言われて尚、はさっきのお返しとばかりに挑発するように火神にしがみついた。

「……クッソ…あとで覚えてろよ…」
「勉強してから…ね?」

上から降ってくる火神の恨み節にクスクスと笑を零しは火神の背中に顔を埋めた。



* E N D *


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