■君だから
「ごめんね、笠松くん。部活で忙しいのに…」 「い、いいって。別に大した事じゃねーし。俺だってクラス委員なんだ、一人に仕事押し付けるわけにいかねーよ」 「ありがとう」 月に一度、クラス委員の集まりがあり、毎回持ち回りでその会議の資料を作ったり、各クラス委員に回覧板を回したり準備をする。 今回は笠松のクラスがその当番に回ってきた。 会議の日までは日数があるが、どこかで1日は放課後の時間を費やさなければならない。 しかも、今回は文化祭前ということもあって、作る資料もいつもより多いのだ。 文化祭自体の主導は別に委員会を設けているが、クラス委員も補佐的な立場で文化祭実行委員に協力することになる。 2、3年とクラス替えはなく、去年もクラス委員をしていた笠松とは、3年になった時、そのままでいいだろうというクラス中の声もあって引き続きクラス委員の相棒となった。 部活もある、風紀委員の仕事もある笠松は、もうクラス委員からは解放されたかったのが本心だが、半ば無理やり押し通されてしまったのと、1年間相棒をしていたも引き受けるというのだから男の自分から引き下がるような真似はできない、と妙な男気も発揮して、結局のところ引き受けてしまった。 普段は大した仕事もないのだが、当番の時だけは違う。 逆に言えば、これさえ乗り切ってしまえばいいのだ。 しかし、文化祭という大きなイベントとぶつかるとなると、当番の仕事量もぐんと増えてしまい、中々に面倒くさい。 「あと他から貰ってくる必要な資料ってあるか?」 笠松が次々に印刷をこなしていくコピー機に陣取るに声を掛けると、手元のファイルから必要書類一覧にざっと目をとした。 「うーん…っと、リストにはないけど、生徒会に頼んで去年の場所割表もあった方がいいかも…」 「ああ、そうだな。どうせまだ実行委員だって動いてない時期だし、先に把握しといた方がいいとこは抑えておきてーもんな。…よし。んじゃ、俺、ちょっと生徒会室行ってくるから」 「あ、うん。お願い」 二人で分担しながら着々と作業をこなしていき、何とか目処がつく頃にはすっかり日も暮れてしまっていた。 は最後の一部をパチンとホチキス止めして、トントンと資料を揃え置く。 「ふぅー…何とか終わったな」 「うん。ゴメンね、結局部活行く時間なくなっちゃったでしょ?」 「ん?ああ、でも今日は元々顔出せなくなるって森山に頼んで部の連中には言ってあるから大丈夫だよ。それに、が謝ることじゃねーだろ」 「…そーなんだろうけど、笠松くん部長さんだし、ただでさえ忙しいのに余計に仕事増やしちゃって…」 「それも、気にすんな。…俺がやりたくてやってるだけだから……」 ボソッと早口で呟く言葉をはよく聞き取れず、首を傾げたが、「兎に角気にすんな!」と言われてしまい、それ以上は聞けなかった。 「でもさ、私ね、また笠松くんとクラス委員できて良かったよ」 「えっ!?」 「なんでそんな驚くの?」 「い、いや…なんつーか…その…去年は兎も角、今年のは無理やりさせられた感じがあったから、もしかしたらは迷惑だったんじゃないかって思ってた」 「アハハ、確かに今年のはテキトーだったもんね…面子変わらないから去年と同じでいーじゃんみたいなノリで」 「あー、だからさ…俺は本当は2年続けてクラス委員とか避けたかったんだ。部活のこともあったしな」 「そうだよね。でも、じゃあなんで引き受けたの?押し付け雰囲気は確かに強かったけど、笠松くんなら断る時はちゃんと断るでしょ?」 どんなに周りから言われても、特に理由のないとは違い、笠松は事実いくらでも断る事はできたのだ。 部長や風紀委員との掛け持ちもしている身で大変なのはクラスの誰もが知っていたのだから。 「そ、それは……」 急にソワソワと落ち着かない様子の笠松に、は再び首を傾げた。 訪れた僅かな沈黙。 けれど、それは少し長いものだと感じられた。 何度か瞬きをしたところで、漸く笠松の唇が開く。 「……も一緒だと思ったから…俺だけが推されてるんじゃなくて、お前も一緒なら…って…思って…」 言うやいなや耳まで真っ赤に染まる笠松には目を丸くした。 スっと逸らされてしまった視線は絡むことなく背を向けられ、それ以上笠松の表情を伺い知ることも叶わなかった。 笠松のが伝染ったんじゃないかと思う程、も顔が熱くなり、胸の奥がキュンと疼いた。 そして、二人の間に流れる空気が一瞬止まる。 その静寂を打ち消したのはの方だった。 「…あのね……それ、私も思ったの」 「ぇ……?」 「笠松くんと一緒なら…って……」 そう告げて今度はが俯き、笠松から顔を背けた。 静かな教室にはその日最後のチャイムが鳴り響いた。 広い教室に二人。火照りきった体温と、チャイムよりも早く、五月蝿く響く鼓動にそれぞれが無言の中懸命に闘っていた。 ■戻る |