■指先という心臓



笠松がと付き合いだしたのはつい先週のこと。
女子と話すのが苦手な笠松だが、別に女嫌いということではない。 高校3年。18歳男子相応の興味や憧れだって相応に持ち合わせている。それはもう…色々と。
だが、ずっと気になっていたクラスメイトの女子から告白された時は気の利いた返事もできなかったが、承諾した時のの笑顔は忘れられない。 自分のたった一言であんなに嬉しそうに笑ってくれるなんて笠松は思いもしなかった。 情けないのは女のに切り出されてしまったこと。 ここは男らしく自分から告白したかったが、それはもう叶わない。 せめてこれからはを喜ばせてやりたいと思うのだが、放課後は部活や委員会で何かと忙しい笠松には一緒に帰ったり、休日も漏れなく部活で埋まっているのでデートの約束もろくにできない。 この数日間でできたことといえばメールのやり取りと、寝る前の電話。 どちらにしてもマメとはいい難い笠松は素っ気ないように見えてしまう一言メールだったり、電話なのに無言の間を作ってしまったりと中々上手く活用できていない。
特に耳に直接届くの声はなんとも言えず、電話だから喋らなければ意味がないのに何度も無言で頷いてはが鈴のような声で微笑う。 不格好かもしれないがそれでも笠松は充分に幸せを感じていたし、できるならばにもそうであって欲しいと願っている。

…その、どっか連れってったりとかできなくて…ごめん」
「どうして?そんなの全然気にしてないよ」
「けど…」

昼休みに晴れているから一緒に外で食べようとに誘われた。 いつもは学食に行くことが多い笠松だが、そんな嬉しい申し出を断るわけもなく二人で購買に並んで買ったサンドイッチを頬張る。 それだけで本当に嬉しいのに、やっぱり隣にいてもしてやれる事がなんて少ないのだと思い知るばかりで、本当に情けなくなった。

「そりゃ私だって笠松くんとデートしたいけど…」
「デ、デートって!?」
「違うの?」
「いや、そうともいうかもしんねーけど、なんつーかその…」

言葉にすると妙に照れる。ものすごく。
途端に顔を赤くする笠松の横でクスクスと笑を零すは手にした紙パックのりんごジュースを一口飲むと笠松の顔を覗き込んだ。

「ねぇ、今からデートしない?」
「はぁ?何言って…───」
「───いいじゃない校内デート。ねぇ、ダメ?」

急に距離を詰められて、上目遣いにそんなお願いされてしまえば断る術などどこにもない。 もうどうにでもなれとばかりに笠松は残ったサンドイッチを一気に頬張り飲み込んだ。 照れ隠しに頭を掻いてから視線をそらすと、努めてゆっくりとした動作を装いながら立ち上がった。

「ったく…で、どこ行くんだ?」
「ん~と、その前に…」

座ったままのが徐に差し出す左手に笠松は困惑した。 にっこりと微笑んだままのは何も言わずに手をひらひらと宙に泳がせた。

「手、貸して?」
「はっ!?」

とはまだキスはおろか手だってまともに繋いだこともない。 それをこんなあっさりと突きつけられるなんて笠松は思いもしなかった。 脳内では何度もどうやったら自然にと手を繋げるかのイメトレもしてきたが、実践する機会はいまのところなかった。 いや、できなかったという方が正しいのだが。 こうしてなんでもに先を越されてしまうのかと思うと自分の不甲斐なさが露呈して本当に情けなくなる。 早くと急かすようなの手に促され、そっとその手を掴んだ。 引き寄せて立たせてやると「ありがとう」と言いながらの小さな手に力が篭り、より強く手が繋がる。手を放す気配がないことに喜びと戸惑いを隠せないままでいる笠松を余所に涼花は笠松を見上げた。

「どこでもいいよ」
「え?」
「だから、行き先。笠松くんが連れってくれる所ならどこでも嬉しい」
「なっ!?…、実はお前バカだろ」
「うん、そうかも」

照れたように微笑うに釣られて笠松の体温はさらに上昇する。 もう本当に、どうしようもないくらい参ってるというのに、彼女はいつもそれを軽々と飛び越えるような驚きを持ってくるのだから本当に敵わない。 ツケばかりが増えていくようでなんとも癪だ。何よりやられっぱなしは笠松の性に合わない。 握った華奢な指先に自分の指を絡めより固く繋ぎ直してやると、の顔が少しだけ虚をつかれたように固まったのを笠松は見逃さなかった。 漸く一つ借りを返せたような気分に思わず口角が弧を描く。 まだ少し震える手がどちらのものかは分からない。 もしかしたら二人揃って震えているのかもしれない。 そう考えたら何となく自分たちらしく思えて、笠松はまた笑を深くした。 指先から伝わる途方もない緊張と幸福が愛しくて、愛しくて…───






──────離したくない──────






そう思わせるには充分だった。
力を籠めたら壊れてしまいそうで、けれどしっかりと絆ぎ止めておきたくて笠松はしっかりとの手を握り締めた。 そしてふと思う。温もりと共に伝わる確かな鼓動。

、もしかしてすげぇドキドキしてんのか?」
「そっちこそ…」

指先から伝わるそれは思っていた以上にやかましく二人の心をざわつかせた。



* E N D *


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