■差し出された手にキス



ツンと鼻をつくシンナー特有の香りに気付き、はその部屋をチラリと覗いた。 そこには加州清光が手を宙にかざして眺めていた。

「何してるの?」
「おぉ、、お前か。ちょっと、昨日の戦で禿げちゃったから塗り直してたとこ」

床に置かれていた小さな赤い小瓶を取るとゆらゆらと揺らして見せた。

のくれたマニキュア…だっけ?これ、スゲェ良いな!洗ったぐらいじゃ落ちねーし、ツルツルピカピカしてて可愛いっ!」
「気に入ってくれたなら良かった。その色、清光に似合ってるよ」
「まぁな、俺にかかれば大抵のものは着こなしちゃうんだよなぁ~」

花が咲いたようにご機嫌な清光は綺麗に赤く彩られた両手をに見せた。

「っし、カンペキ!な?可愛くなったろ?」
「うん」

嬉しそうな彼を見れば、釣られても笑顔になる。

「そうだ、折角だからにも塗ってやるよ」
「えっ!?…私にはちょっと派手じゃないかな?」
「そんなことねーって、勿論、今のままでも充分は可愛いけど、絶対もっと可愛くなる!それに、俺とお揃いって何かいーじゃん♪」

ウキウキしっぱなしの清光は戸惑うを差し置いて、あっと言う間に手を取っていった。 一緒に戦場いくさばに出ることはあっても、手を繋ぐなんてしたことない。 細身の清光はスラリとしていて、指先も細くて綺麗だ。 きっと自分と変わらないと思っていた彼の手。 触れられてみれば予想とは大分違っていた。 刀を握る彼の手は幾つもの肉刺まめを作ったのだろう、とても固く、細いと思っていた指もとは違う、紛れもなく男の手をしていた。

の手はちっちゃくてスベスベしてて可愛いなぁ」
「そんなことないよ…」

お世辞と分かっていても直接言葉にされれば照れてしまう。 思わず視線を逸らそうとしたが、それを見計らってか清光がグッと手を引いた。

「キャッ!?…もぅ、危ないでしょ……───」
「───ん、ちょっと危なくしたからね。ゴメン」

あっと言う間に縮められた二人の距離。 目の前には清光の胸元。 見上げるとそこには綺麗に整った清光の微笑む顔があった。

「手だけじゃなくては躰もこんなにちっちゃかったんだな…」
「…清光っ!もう、離して…」
「ん?あぁ…悪ぃ。でも、ヤッパ爪お揃いにしたいんだけど、ダメかな?」

躰を離した後も清光はの指先を名残惜しそうに握っていた。 眉を下げたその顔が少し可哀想に思えて、は小さく嘆息すると「いいよ」と言って清光に再び笑顔を取り戻させた。



清光に預けた両の手が1本、1本丁寧に彩られていく指先を見ているのは中々に面白かった。 見たことがない程真剣な表情の清光は、少し震える筆先を慎重に操り、の爪を塗り上げていった。

「───……できたっ!!」

最後の1本を塗り終えると、清光は満足気に口角を釣り上げた。 少しのむらもなく綺麗に塗られた爪を見て、も嬉しくなった。 自分では使うことが殆どなかった鮮やかな赤色。 ボトルのデザインが可愛くてつい集めていた内の一つだった。 自分には似合わなくても、清光なら彼の好きな色だし、きっと似合うと思っていた。 実際、彼はとても気に入ってくれたし案の定よく似合っている。 そんな清光と同じ赤い爪。 はじっとまだ塗られたばかりの両手を見つめた。

「なぁ、俺の思った通り、可愛いな」
「そうかな…清光が綺麗に塗ってくれたからだよ」
「バカだな、元が可愛いからに決まってるだろ」

事も無げに言ってのけられてしまい、は息を止めた。 清光はこういうところが狡いと思う。 『違う』と分かっているのに、うっかり本気にしてしまいそうになるから怖い。

「なんでが自信ないのか俺には分かんねーけど、は可愛いよ。俺が言うんだから間違いない」

マニキュアを塗ったばかりの手を取られたかと思えば、徐に清光の唇がそっと手の甲に触れた。

「───なっ!?」
「動くなよ?折角綺麗に塗れたのに勿体無いだろ?」
「だってっ!…こんなの…困る…」
「いーよ、困ってて。今は…」

そう言った清光は少しだけ哀しそうに微笑んだ。

「マニキュアが乾くまでで良いからさ、の傍に居させてよ」

指先の一つ一つに口付けていく清光をどうしても振り払う事ができなかった。



マニキュアが乾くまで…──────



「今だけ…だよ?」
「…サンキュ……」

塗ったばかりのマニキュアが乾くまで、は清光に施される口付けを幾つも受け続けた。




* E N D *


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