■カラフル
いつもと変わらない朝。 入学して数カ月。 もう毎朝通る道も『通い慣れた道』と言えるくらいになった。 同じ制服を着た少年少女に紛れて本を片手に歩を進める。 周りから聞こえる明るい挨拶も気怠そうな声も耳に入るだけ。 誰かの声が自分に対して向けられないことも『当たり前』と思えるくらいには自覚している。 だからこそ黒子は驚いた。 「黒子くん、おはよう」 ポンと控えめに肩を叩かれ、名を呼ばれる。 そんなどこにでも転がっているようなありふれた挨拶も、存在感が異常に薄いといわれる黒子には無縁に近いもの。 感情表現の乏しい顔も思わず固まる衝撃。 まさに青天の 「おはようございます。さん」 時間にしてほんの一拍程度。 けれど、黒子にとってはそれなりに長い時間を要して隣で微笑むクラスメイトの彼女に漸く返礼する。 「僕、あまり人から声を掛けられたことがなくてちょっとびっくりしました」 あまりそうは見えないけれどとクスクス微笑む彼女の笑い声が優しく辺りを染めていく。 透明な世界に今だけ色付けられているようだった。 「今日、日直だから少し早く来たんだけど、友達とか全然会わなくって…黒子くん見つけて思わず声掛けちゃったんだけど、そりゃ急に話し掛けたりしたら驚くよね」 ゴメンねと言うが、どうやら黒子の言った意味とは違う解釈をしたらしい。 それでもいい。 単純にそう思えた。 「折角ですし、一緒に行きましょう」 読んでいた本をぱたりと閉じて誘えば嬉しそうに微笑んでくれた。 自分は上手く そんなこと今まで気にした事もないのに────── 通い慣れたいつもの道。 いつもの風景。 今はまるで別物のように思えた。 隣を歩むいつもとは違う存在がそうさせる。 バスケの試合で感じる高揚感と少し似ているけど違う感情。 知らなかった。 まだ名前の付けられない淡やかなこの想いが心をくすぐる。 彩られていく景色と共に黒子の世界にすっと溶け込んでいく。 決して得意ではない人とのコミュニケーション能力を本気で嘆く瞬間がこようとは露とも思わなかった黒子は、それでも自分の中で最大限で臨んだ。 読んでいた本の内容や、部活のこと。 どれをとってもたわいもない会話。 その全てが黒子の中で何度もリフレインする。 その度に世界は色を増していく。 ふと前を見れば、二人の通う学び舎。 校門はすぐそこにある。 あと少し…… もう少しだけ…… 「学校なんてもっと遠くにあればいいのに……」 声に出すはずのなかった言の葉が運ばれる。 最後の色が付け加わる瞬間。 暖かな朝の光を浴びて色素の薄い彼女の髪がふわりと揺れた。 ■戻る |