■Beauty☆Beauty






昼休みの自習室。
は後ろから伸びてきた大きな手にそっと両頬を覆われる。 途端、あったかくて、いい匂いに包まれた…



「ハイ、おしまい♪」

夢心地から現実へと引きずり戻されはちょっとしょんぼりする。

「実渕くん、ありがとう。すっごく気持ちよかった」
「トーゼンよ~アタシ特性のアロマオイルなんだから。ほら、ちゃんのお肌もツルツルでいい感じよ♪」
「うん♪」

そう言って、今度は正面からほっぺをふにふにと挟まれた。 見上げると実渕の綺麗な顔が微笑みを浮かべている。

「これ、ちゃんの分も作っておいたから、気に入ったなら使いなさい」

小さな小瓶を渡されほんのり香るフローラルに癒される。

「ありがとう。実渕くんに色々教えて貰ってから肌の調子がすごくいいよ。前とは大違い!」
「そうね。前はお世辞にもツルツル玉のお肌…とは言えたもんじゃなかったわ~。っていうか、お肌も髪も、どおもかしこもちゃんはホント頓着しないから荒れ放題だったじゃない」
「あははは……仰るとおりで…」
「まったく、いくら若いからって、今だけなんだから。ちゃんとお手入れしておかないとあっと言う間にオバサンになっちゃうんだからね!」
「…ハイ……気をつけます…」

言い返す言葉もない。
実渕の言う通り、は女子力と呼ばれる能力値が極めて低いのだ。 十人並みの容姿は自覚しているし、これといって自分磨きを必要としてこなかった。 でも、高2の春、には好きな人ができた。 その人に少しでも振り向いて貰おうと思い立ったのが始まり。 『キレイになりたい』という漠然とした思いはあったものの、それらしい雑誌やサイトを見ても、しっくりくるものがなく、コスメなどは種類もたくさんあり過ぎてにはどれがどうなのかもサッパリだ。 そこで、餅は餅屋という言葉もある。 クラスメイトで一番美意識が高い実渕に相談したところアッサリ承諾してくれた。
実渕は『改造計画』と銘打って、プロデューサーとしてスキンケア、ヘアケア、ボディーケア、メイクレッスンにファッションアドバイスなどなど親身になっての知らなかった色んな事を教えてくれた。

「それにしても、ちゃんが初めてアタシに頼み込んで来た時は驚いたわ~。土下座でもしそうな勢いで何を言うかと思えば『私をキレイにしてください!!』って」

口許に手を置きクスクス思い出し笑いする実渕に、もその時のことを思い出し恥ずかしさで顔が熱くなった。

「も~笑わないでよ…だって、あの時は必死だったの」
「ごめんなさいね。…でも、あれから3ヶ月…ちゃん、本当に見違えるようにキレイになったわよ」
「そう…かな?」
「えぇ、アタシがいうんだから間違いないわよ」
「だとしたら、全部実渕くんのお陰だよ」
「んー…そうね、そりゃあ手助けしたのはあるけど、最終的に頑張ったのはちゃんよ。ちゃんと自信持ちなさい。それがイイ女の条件よ♪」

ウィンクされ、少し照れ臭くもなるが、純粋に嬉しかった。 もう一度「ありがとう」と告げると実渕は羨ましいくらいに長い睫毛で囲まれた瞳を細め、朗らかな笑みを浮かべる。

「ところでちゃん。そろそろ意中の彼には告白するの?」
「…えっ!?ぇっと…それは…そのぉ……」

の歯切れの悪い物言いに、実渕は嘆息する。 ずっと立っていた実渕が漸く空いているの隣に腰掛け、頬杖を付きながら口を尖らせた。

「もぅ~、折角キレイに磨いたって活用しなきゃ意味ないでしょう?」
「う…それは……」
「っていうか、肝心のちゃんが好きな人って誰だか聞いてなかったのよね~。この際だから白状しちゃいなさいよ」
「や、やだよ…恥ずかしいって……」
「なぁ~に言ってんのよ。大体、ちょっとでもアタシに恩を感じてるって言うなら教えてくれたっていいじゃない?」

鼻先をチョンチョンとつつかれながら問い詰めてくる実渕の顔が近くて、は余計に恥ずかしくなる。
の好きな彼は別のクラスにいる。 去年、委員会で一緒になったのを切欠に話すようになった。 気さくで、目立つタイプではないが優しい。 そんな彼がふとした時に『女の子らしい雰囲気の子が好きだ』と零していた。 明らかに自分とは違うタイプが彼の好みなのかと分かると、少しだけ自分が悲しくなった。 それが、彼へ想いを寄せる気持ちからくるものなのか…正直なところにもよく分からない。 でも、もし、彼が自分を見直してくれたなら、その答えも分かるような気がしては自分を変えようとしたのだ。 実渕にそれをどう説明していいかも分からず、誰を想っての行動なのかはずっとうやむやにしてきた。

「ほ~ら、吐いちゃいなさいな」

爪まで綺麗に磨かれている実渕の手がの顎先をスっと撫でる。 顔から火が出る思いとは、きっとこういうことを言うんだとは躰を固くした。

「ゴメン…でも……」
「ダ~メよ。誰なの?…そうねぇ…言うまでここから出してしてあげないわよ?」
「えぇっ!もうじき昼休み終わっちゃうのに…実渕くん…」
「そんな顔してもダ~メ~♪」

190センチ近くある実渕にドアの前に立たれてしまえばそれだけで簡単に閉じ込められてしまうだろう。 次の授業があるのは実渕も一緒なのに、全然気にも留めていない様子を見ると、困ったことにどうやら彼は本気らしい。 仕方ない…あれやこれやと考えて行き着いた末には意中の相手を実渕に告げた。

「…C組の村野くん。去年、委員会が一緒だったの……」
「ふーん……」

その反応はが想像していたものよりもずっと冷えたものだった。 いつもなら実渕は色恋沙汰の話にもノリノリで、その辺の女友達よりずっと食いついてくる。 さっきまでだって…
なのに、どうしたんだろうかと首を傾げると、それに気付いた実渕が苦笑混じりにの頭をポンと撫でた。

「ごめんなさいね。…ちょっと、思ってた感じと違ったっていうか……アタシの知らない人だったから反応できなかったのよ」
「そ、そう。…そう…だよね。私こそゴメンね。知らない人のこと言われても困るよ…ね」

ふっと視線を逸らし、流れる気まずい雰囲気。 実渕と一緒にいてこういう空気になるのは初めてだ。 早く抜け出したい衝動に駆られる。 そして、間もなくして昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「…チャイム鳴っちゃったね。教室、戻ろ?」

そそくさと椅子を片して小部屋を出ようとするの手を、実渕は止めた。

「待って」
「実渕くん…?」
「…ごめんなさい。アタシったら、スマートじゃなかったわね…」

どういうことだろうと振り返った時にはは実渕の胸の中にスッポリと収まっていた。 何が起きているのか理解するまでのタイムラグ。 伝わってくるのは暖かな温もりと、思っていた以上に力強い実渕の腕。 そして、頭の上から聴こえてくる彼の声。

「どんどんキレイになっていくちゃんを見てたら、他の奴にあげるのが惜しくなっちゃった。最初はちゃんと…応援してあげるつもりだったのよ?でも、ごめんなさい、ヤッパリ無理だわ」
「実渕…くん…?」

恐る恐る見上げると、困ったような顔で嗤う実渕の顔。 そんな顔さえ綺麗に見えるのだから狡い。

「ねぇ、ちゃん。…アタシにしときなさいよ」
「ぇ……」

いつもするように優しく頬を撫でる実渕の指先が、今は違う意味を持っているのが分かると、それだけでドキドキした。

「キレイになるならアタシの前だけになさい。他の男に見せるなんて勿体無いわ。こんなに可愛いんですもの」
「…っ!?実渕…くん…っ」

コツンと額を合わせ、至近距離にまで近付くと、流石に心臓が壊れてしまいそうな気分になった。

「アタシなら今よりもっとちゃんをキレイにしてあげられるわよ。…ね?ホラ…もぅ…観念なさい……」

ゆっくりと近付く形のいい実渕の唇。
囁かれる甘い言葉に酔いしれ、促されるようには瞼をゆっくりと閉じていった。




* E N D *


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