■動かぬ情
空を橙に染めていた太陽が沈み、闇が姿を現し始めた黄昏時。 本丸の軒先に一人佇む鳴狐の姿があった。 夜の訪れを眺めているような彼の後ろ姿が気になっては声を掛けようとしたが、それよりも早く小さな彼に気付かれたようだ。 「これはこれは主さま。このような所でどうされましたか?」 「うん、ちょっと通りかかったらあなた達の姿が見えたから…」 「左様でございましたか。鳴狐はここから見る夕焼けの景色が大層気に入っております故、この時分になるとこうして外へ出て参るのです」 「そうだったんだ。確かに眺めいいものね。それに、明るかった空が段々と夜になっていくのは綺麗だし、日によって全然違って見えるのも楽しいかも」 「流石は主どの!全くもってその通りにございます。いやはや主さまは風流にも造詣が深いとは誠にお見事!」 「アハハ、ありがとう。そんな大したもんじゃないと思うけどね」 鳴狐の肩でピョンピョンと跳回るキツネが可愛らしくて彼のお世辞にも和んでいると、徐に鳴狐がに振り向いた。 面頬で顔の殆どを覆っている鳴狐の表情は中々読むのが難しい。 切れ長の瞳が僅かに細められたのを見たは、彼が警戒しないようにと努めて微笑み返した。 「折角のお気に入りの時間だもん、静かに過ごしたかったよね?邪魔するつもりじゃなかったんだけど…でも、ごめんなさい」 「…主さま……」 心配そうに見つめるキツネにもにっこりと微笑み、はその場を立ち去ろうと彼らに踵を返した。 「───…ぇ!?」 二、三歩進んだ所で手首を掴まれ、驚いたは鳴狐を振り返った。 相変わらず彼の表情は伺い知れない。 真っ直ぐに見つめる彼の瞳が僅かに揺らいでいるのを見て、も言葉を探すようにゆっくりと唇を開いた。 「…一緒に居てもいいの?」 「……構わない」 滅多に聞けない彼自身の声がはっきりと告げる。 「ありがとう、鳴狐」 掴まれた手にそっと自分のそれを重ねると、彼の瞳が微笑ったように見えた。 それは、ほんの一瞬の出来事。 しかも辺りはもう薄闇が覆い始めた状態で、はっきりとは見えていない。 それでもは鳴狐がくれた温もりを嬉しく思った。 キツネも嬉しそうにの肩に飛び移ると、フサフサの尻尾で頬をくすぐるように首元に巻き付いた。 肩を並べて見上げる空には月が顔を覗かせて、瞬く間に星空へと移り変わっていった。 二人は手を握り合ったまま暫く空を見上げていた。 今日の終わりを噛み締めるように。 ■戻る |