■おれの好みなんて、おまえの全てだ
戦場に一人佇むその姿は────── ──────孤高────── 誰も寄せ付けない、馴れ合いを嫌う彼が唯一隣に立つ事を許してくれた。 それだけでは充分だった。 終の見えない戦に飛び越える時代が増えるほど不安になる。 だが、己の意思とは関係のないところで長い眠りから呼び出された刀剣達に比べればきっと何でもない。 巻き込まれた形は同じだが、人の世の災厄なのだから、人であるが関わるのは当然だ。 けれど、刀剣達は違う。 一度は皆それぞれの運命を辿りながらも役目を終え眠っていた筈なのに、人の勝手でこんなことに駆り出されているに過ぎない。 「またそんな顔をしているのか?」 「…大倶利伽羅。大丈夫、ちょっと疲れてるだけ。大倶利伽羅も疲れたでしょう?早く帰ってゆっくり休みましょう」 じっと見つめてくる彼の瞳は訝しげにを捉え、やがて小さく舌打ちした。 「戦の度にそんなんではこの先もたないぞ」 「…そうね。うん…ごめんなさい。早く元に戻さないと。過去も、あなた達も…」 安らぎの時へ彼らを戻すまでが審神者として選ばれたの使命だと感じていた。 それが、刀剣達に対するせめてもの償いになると信じて… けれど、別れを前提に今を生きるというのは思いの外辛い。 こうして隣にいて、共に戦い、互の表情や感情を分かち合えるというのに…大倶利伽羅と共に過ごせる時間も刻一刻とカウントダウンされていると思えば胸を締め付けられるような思いだった。 離れたくない────── そう思ってしまう程には彼を愛していた。 「…俺は…どうすればいい?教えろ」 「大倶利伽羅…?」 「俺は刀剣だ。それ以上でもそれ以下でもない。人に請われて生み出され、使われる。今も昔もそれは変わらない」 「でも…───」 「───だから、他と馴れ合う必要がなかったんだ。気に掛ければ情が移る。以前は自分の意思など無意味だった。俺が人手に渡るのも、扱われるのもいつも人の都合だったからな。情など持ったところでどうなる?どうにもならない…それこそ無意味だ。俺はそういう生き方しか知らなかったんだ。…、お前と出逢うまでは」 少し困ったように大倶利伽羅は 「何故なのだろうな…選ばれし審神者という割に俺が守らねば危ういばかりの女だというのに。こうしてお前の傍にいると心が安らぐ。やるべき事は成す。それが俺の役目だ。だが、誰かに請われるからではなく、俺の意思でを守りたいと思う」 「大倶利伽羅……」 「これから先の事は俺にも分からない。だが、お前に思いつめた顔はさせたくない。だから、どうすればいいか教えろ。俺はその術を知らない…」 真っ直ぐな双眸に見つめられは一度瞼を閉じると、頬に添えられた大倶利伽羅の手に自分のそれを重ねた。 そして、次に瞳を開いた時、ふわりと彼に微笑んだ。 「ありがとう。大倶利伽羅。・・・そうよね、先のことなんて誰も分からないのに、不安ばかり募らせてても仕方ないわ。分からないものを恐るより、今、目の前に在るものが大事だもの…だから、ね…もう少しだけこうしていて?」 「そうか……分かった」 だけが分かるほんの少し弧を描いた大倶利伽羅の口角。 穏やかに目尻を下げる彼を見れるのはきっとしかいないだろう。 これはにとって誰にも言わないけれど少し自慢でもあった。 互いに心地よい視線を交わしていると、ふいにもう一方の彼の腕がを引き寄せた。 「大倶利伽羅っ!?」 「なんだ、騒がしいぞ」 すっぽりと彼の胸の中に閉じ込められたは、急な抱擁に慌てた。 いつ誰が来るとも分からない陣の近くで大倶利伽羅がこんな風にするのは珍しい。 「お前を見ていたらこうしたくなった。我慢しろ…」 「我慢だなんて、そんな……」 高鳴り続ける鼓動も彼に伝わってしまいそうではドギマギしていた。 やがて、おずおずと伸ばした両腕を彼の広い背に回し、キュッと抱き締めると、僅かに大倶利伽羅の躰がぴくりと跳ねたのを感じた。 彼は根本的に他との関わりを拒んできた。 それは好き嫌いの感情ではなく、相手や自分が不用意に傷付かない為、いうなれば自己防衛の一種に近いのかもしれない。 彼自身も無意識の内に行ってきたそれは、こうして距離を縮めた時に時々怯えを見せる。 だからは「大丈夫だよ」と言うようにそっと彼の背中を撫でながら、大倶利伽羅が落ち着かせるのだ。 「…好きよ…大倶利伽羅……大好き」 「そうか……」 優しい声が頭上で囁く。 けれど、彼は応えるように愛を囁いてはくれない。 直接的でなくても主以上に大切に思われ、慕われている事はも充分に伝わっている。 彼がこうして抱き締めてくれるのだから疑う余地もない。 それでも、偶には聞いてみたいと思うのが女心というものだ。 「ねぇ、大倶利伽羅は?私のこと好き?」 「好き…?それは好みの事か?」 「えぇ、そうよ」 こんな問いかけ、本当に彼には似合わない。 そう思うと少しおかしかったが、やっぱり訊いてみたい気持ちが勝った。 返事を強請るように彼を見上げると、少し思案するような表情を見せた大倶利伽羅は徐にの耳許に唇を寄せた。 「俺の好みなんて、お前の全てだ」────── 低く囁く予想の斜め上から降ってきた爆弾には打ち震えた。 途端に全身が熱くなり、は大倶利伽羅の胸に顔を埋めた。 「…大倶利伽羅って実は天然でしょ……」 「ん?さて…何のことかな?」 表情は見えなくとも、彼の声は確かに ■戻る |