■子ども呼ばわり厳禁令



お風呂で一日の汗を流したは、ホカホカと火照る躰も清々しく、まだ濡れたままの髪を手ぬぐいて拭きながら自室へと向かっていた。 ふと、前から歩いてくる人影に気付き手を振ると、彼も気付いて生意気そうな口許に弧を描いた。

「獅子王くん、お疲れ様」
「おぅ!、お前か…って、その格好っ!?」
「え?…」

口許に手をやり慌てる獅子王はみるみる内に顔を紅潮させていった。 は不思議そうに首を傾げ「どうかした?」と獅子王の顔を覗き込んだ。

「ばっ!バカヤローっんな不用意に近づくなっ!」

くるりと背中を向けられてしまい、ここまで直接的な拒絶というのは意外と堪える。

「ねぇ、私…何か気に障るようなことしちゃった?」
「違うっ…けど…ちょっと今は勘弁っつーか、色々ヤバイっつーか……」

いつも元気な彼には珍しく、もじもじと歯切れの悪い物言いだ。
は益々わけが分からなくなる。
どうしても気になって、彼の前に回り、よりも少し小さい彼の顔を見ようとしゃがみ込んだ。

「獅子王くん…」
「なっ!?…なんだんだよさっきから、お前は…」
「だって、獅子王くんが変だから…───」
「───変じゃねぇっ!っていうか、いい加減そのくん付けで呼ぶのどうにかなんねーのか?他の奴らは皆さん付けで呼んでるくせに、なんで俺だけ『獅子王くん』なんだよ」

不貞腐れたように視線を逸らされてしまった。
獅子王からは度々呼び名を変えろと言われるが、いつまでもくん付けで呼ぶだったので、彼ももうとっくに諦めていたかと思っていた。 一番は彼の容姿に付随するのだが…それは彼のコンプレックスらしい。 特に身長のことに触れるのは厳禁。 だが、そこを避けてどう言い繕うかと考えると中々に難しく、は必死に思案した。

「別に、くん付けで呼ぶのは他の子達だっているよ?」
「殆ど短刀や脇差連中じゃねぇか。あれか?俺が太刀のクセにちょっとばかし他の奴らより小せぇからか?」
「そんな事ないよ、ほ、ほら、蛍丸くんだって…───」
「───結局っ!!…見てくれが子供だからか?…俺もそういう風に・・・・・に見られてるのか?……」

俯き、ポツリと呟く獅子王には手を伸ばし、そっと彼の頬に触れた。

「ごめんなさい…そんなに傷付けてたなんて知らなかった。確かに私よりも年若く見えるからっていうのもあるけど…でもね、やっぱり私は『獅子王くん』って呼びたいよ。だって、その方が仲良くなれてる気がするんだもん」
「仲良く…?」
「うん、君付けで呼ばせてくれるなんてさん付けよりずっと距離が近い気がして私は嬉しい。…それでも、ダメ?くん付けはやっぱり嫌…かな?」

伺うようにチラと上目遣いに彼を見やると、頬にほんのりと朱を注ぐ彼がこくりと小さく頷いた。

「…分かった。お前がそう言うなら…もうくん付けでも構わねぇよ」
「ありがとう、獅子王くん」

にこりと微笑むと、彼はチッと舌打ちし、の手を取り引っ張り上げた。

「わぁっ!?な、何?急に…って…ぇ?」

そのまま壁に手首を縫い止められ、詰め寄った獅子王が吐息が掛かる程近くまで迫った。 少し下にある視線は強く、逸らす事を許さないと言われているようだった。 は思わずごくりと唾を飲み下した。

「ひとつだけ言っとくぞ。背も小せぇし、見てくれもこんなだけど、俺はお前よりずっと永く生きてる。こんなナリでもお前が思ってるよりずっと男なんだ…舐めてると痛い目見るぞ?」
「え…どういう…───っ!?ちょっ!…ゃ…っ」

風呂上がりの熱を冷ます為、少し緩めていたの胸元へ獅子王は唇を寄せ、まだほんのりと熱の篭るの柔肌をきつく吸った。
唇を離す瞬間ペロリとそこを舐めると、獅子王は満足気に口角を釣り上げた。

「こういうことだよ。…ったく、いくら風呂上がりだからってそんな無用心に胸元開けてんなよ!女なんだぞ、お前はっ!!ちょっとは気ぃ遣えよなっ!!」
「ご、ごめんなさい……」

チクリと痛んだそこをふと見ると、紅く鬱血した痣ができていた。
自分でも見える位置に付けられたその印には途端に顔が熱くなった。

「ちょっ!ちょっと!!獅子王くん…これ……」
「ウッセー!そんな格好して男の前ウロチョロするお前が悪い。精々他の奴らに見られないようにしっかり着込むんだな」

じゃあなと言って立ち去る獅子王の背中を見て、はヘナヘナとその場に座り込んだ。 そして、彼の残した小さな疼きをキュッと握り締め、早鐘を打つ鼓動が鳴り止むのを静かに待つのだった。




* E N D *


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