■キスをしよう
「…ふっ…ン…ッ」 「ぁ…っ、ぅんっ…」 息継ぎを惜しむように互の唇を伝う銀糸がぷつりと切れた。 呼吸を荒らげる獅子王とが口付けを交わし続けてもう暫く経つ。 触れ合った手はやがて指を絡めしっかりと握り合い、視線を合わせると再び顔を近付けた。 もう何度も繰り返す口付けに飽きるどころか心酔するように互の唇を貪り続けた。 「…」 「獅子王…っ、も、もう…ぅんッ…」 「ごめん、もうちょっとだけ…は…ァ…んっ」 止まらない行為の発端は些細な会話からだった────── 獅子王が人里で男女が逢瀬の際に口付けを交わしている場面を偶然見たという話をしてきた。 あまりそういう所を覗くのは感心しないとたしなめたに故意に見たわけではないと反論した獅子王と軽い口論になったのだが、その中であらぬ方向へと話が動いた。 「なんだよ、別に見ようと思って見たんじゃねぇよ」 「当たり前です。もう…なんでそんな話するの?」 「ちょっと気になって……」 「下世話」 「ち、違うっ!!」 慌てて否定したかと思えばすぐに口籠った獅子王は、頬を赤らめて視線を逸らすと唇を尖らせぽつりと呟いた。 「人間の男と女はどうして口なんかくっつけてんだろーなって…、お前もあんな風にしたことあんのか?」 「なっ!?」 チラリと見やる獅子王の視線に、今度はの顔が一気に紅潮した。 獅子王の視線の先に自分の唇があるように思えて途端に恥ずかしくなったは思わず両手で唇を覆い、背を向ける。 キスなんてするような相手が今までいたことがないはこの場をどう切り抜けようかと必死に考えたが、混乱し過ぎて何も浮かばなかった。 「なぁ、どうなんだよ」 「い、いいでしょ別に私のことなんか」 「だって他に聞ける奴いねーんだから教えろよ」 「イ・ヤ・で・すっ!」 は強引に獅子王を振り払ってその場から立ち去ってしまおうと踵を返したが、呆気ないほど簡単に手首を掴まれてしまい叶わなかった。 見れば獅子王も顔を赤らめたまま。 二人してこんな所で顔を赤くして…一体何をやってるんだろうかとは居心地の悪さにヤキモキした。 「じゃあさ、俺としてよ…」 「え…」 「俺はしたことねーからさ…してみたいんだよ。どんな感じなのか知りたいっつーか…」 キスの経験を聞かれるどころか実践を申し込まれるなんて思いもしなかった。 は口をパクパクさせながらも言葉が出ない。 でも、確実にファーストキスを奪われる危機が迫っていた。 大して目線の変わらない獅子王の視線が痛いほどに突き刺さる。 さっきまで照れて顔を背けていたくせに、心を決めたとばかりに腹をくくった目をした獅子王からはとても逃げられそうになかった。 どうすれば…?────── そればかりが脳内をグルグル回る。 掴まれた手首が、顔が熱く、ドクドクと脈打つ鼓動が耳の奥で煩く響いていた。 「ねぇ、獅子王…獅子王はさ、私のこと…その…好きなの?」 「なっ!?なんでそんな話になるんだよっ!」 「なるでしょ普通!」 「知らねーよ!」 「なるのっ!!…だって、キスとか…そんな……」 「きす…?ってなんだ?」 「だから、『接吻』とか『口吸い』とか言ってたんだっけ?兎に角、獅子王が見たっていう場面のこと。現代だと『キス』っていうの」 「ふ~ん…じっちゃんとずっと居たからそういうのよく知らねーけど、そっか…『キス』っていうのか。なんか、いいな」 言葉の響きが気に入ったのか、獅子王は笑を零した。 無邪気に微笑うその顔にも思わずドキッとしてしまい、気付かれないように慌てて視線を逸す。 見た目だけなら少し背は低めだが、獅子王の年頃は高校生のとそう変わらなく見える。 彼がもしただの人だったなら同じ学校に通ってたりしていてもあまり違和感がないのかもしれないとふと考えた。 「なぁ、…キスしよ?」 「っ!?──────」 満面の笑みでなんてこと言ってくるんだろう。 覚えたての言葉を使いたくてしょうがない獅子王は子供のようにはしゃいでいたが、言われたの方はそれどころではない。 そんなこと生まれてこの方言われた事ないのだから。 そもそも男にそこまで免疫の強いわけでもないのにこんな男所帯に放り込まれて、それだけでも充分災難だった。 漸くここでの生活にも慣れ始めてきたばかりなのにこの状況… ダメか?と迫る獅子王の顔にどう抗えばいいのか思案しても何も出てくる気配すらない。 まごまごともたつくは後ずさり、遂には掴まれていた手首を引き寄せられ腰に回ったもう一方の獅子王の腕がその細身の身体からは考えられない強い力でを抱き寄せた。 「とキスしたい…なぁ、いいだろ?」 腰を捉えた腕はしっかりとを捕まえて離さない。 もう逃げられないと察した獅子王はずっと掴んでいた手首を開放すると、そのままそっとの頬を撫でた。 輪郭をなぞるように滑る指先が顎先を掴むと、ゆっくりと顔が近付き、はキュッと目を瞑って身構えた。 やがて互の唇がそっと重なる。 乾いた唇同士の触れ合う感触は、少しざらりとしながらも柔らかくてすぐに離れていくのを感じると「こんなものなのか」と拍子抜けした。 獅子王もまたと同じように呆気ないと思ったのだろうか、唇を離してもまだ至近距離でじっとを見つめ、抱き締めた腕もそのままだ。 「もっかい…していい?」 「え?…ちょっ、獅子お…ぅんっ…」 さっきよりも強く唇を押し付けてきたかと思えば、獅子王は何度も喋むようなキスを繰り返した。 上唇も下唇も柔く食んでは吸い付かれ、乾いていた唇はあっと言う間に潤った。 吸い付かれる度に響く小さな水音がやけに大きく聴こえる。 獅子王を何とかして引き離そうと彼の胸板を押してみたがびくともしなくて、はすぐに諦めた。 というよりも、繰り返され深くなっていく獅子王の口付けに段々と力が抜けていった。 「んっ…獅子王苦し…ぅ…んッ…」 「ごめ…なんかこれ気持ちよくて…止まんねぇ…ンッ…」 歯列を割って入ってくる滑りを帯びた獅子王の舌先がの腔内を弄る。 唇よりも更に甘く絡まるそれは逃げようとしても追い掛けてきてすぐに捕らえられてしまう。 口許から溢れる唾液がもうどちらのものとも分からないまで繰り返し弄られ、は獅子王にしがみついて辛うじて立っているのがやっとだった。 荒らげる呼吸と内から込み上げてくる形容し難い熱の塊が疼くのを感じる。 獅子王を見れば彼も同じように蕩けた視線で掻き抱くに無心で口を塞いだ。 何度も、何度も、飽きることなく貪り続けた。 ■戻る |