■昨日も今日も明日も会いたいと願いました



朦朧とする意識の中、大倶利伽羅が「あと少しで着く。しっかりしろ」と言う声をぼんやりと聞いていた。 度重なる時空移動の影響か、は最近体調を崩すことが多くなっていた。 今回も討伐を終えた後に急に膝から崩れ落ちるようにして倒れてしまった。 戦いが終われば後は本丸に戻るだけだが自分の足で歩けそうにないはずっと大倶利伽羅が抱えて一緒に馬に乗せてくれた。 頭がグラグラと掻き混ぜられているような眩暈と、大倶利伽羅が気遣って駆けてくれているとは言え馬に乗っている振動は中々に厳しい状況で、は何度も気を失いかけた。 その度に脳裏を過るのは品のいい笑顔で微笑う隻眼の彼の顔だった。






ちゃんっ!!」
「やかましいぞ光忠。…主なら大丈夫だ」
「光忠…?」
「ああ…ちゃん。心配したよ」

本丸に到着するとすぐに光忠が駆け寄ってきた。 大倶利伽羅に抱えられたを不安気に見下ろす光忠は今にも泣き出してしまいそうな程悲しげだった。

「…何でもいいから光忠、替われ」
「ん?あ、ああ…」

荷物でも引き渡すかのように大倶利伽羅はを光忠の前に差し出した。 そして、慌てて受け取った光忠は、を落とさないようにとしっかりと自分の胸元に抱き寄せた。 肺いっぱいに広がる光忠の香りには安心したようにそっと目を閉じた。

「寝所の用意はできてるから、すぐに連れて行ってあげるね」
「ん…ありがとう、光忠…」

耳心地のいい光忠の声には抱き込まれた光忠の温もりに頬を擦り寄せた。 そして漸く帰って来れた事を実感する。

「…全く、君って子はどれだけ僕をハラハラさせれば気が済むの?」
「ごめんなさい…」

さっきまでの大倶利伽羅とは違う。
光忠に触れらられていると思うだけで躰が熱くなるのだから門から自室までの距離が酷く遠く感じられた。 自室に連れて行かれたは、綺麗に整えられた布団にゆっくりと横たえられた。 掛布を首までしっかりと掛けられたはぼんやりと光忠を見上げると少し困ったように苦笑する光忠が、そっとの額に手を当てて優しく撫でてくれる。 はいつもこの手の温もりが愛しくて、つい甘えてしまう。

「本当に心配したんだよ」
「うん、分かってる。でも、少し休めばちゃんと良くなるから大丈夫だよ。暫くは時空移動できないかもしれないからそこは迷惑掛けちゃうと思うけど…───」
「───そんな事はいいんだっ!」

どんな時でも穏やかに振舞う彼が珍しく声を荒げたことには驚いた。 額を撫でていた光忠の手はそっとの頬を包み込んでいた。

ちゃんが無事でいてくれるならそれで構わない。しかも、僕の知らない所でこんな…君が苦しんでいる時に何もできなかった僕の気持ちがどれほどか君に分かる?何もできない自分がすごく忌々しいよ」
「光忠…」
「僕が君の一番傍に居たい…なのに…ここに戻るまで君が倶利ちゃんの…僕以外の男の腕に抱かれていただなんて…」
「光忠っ、光忠は手入中だったんだもの今回戦場に行けなかったのは仕方ないでしょ?それに抱かれてたっていうか、あれは…不可抗力っていうか…」
「うん、分かってる。ちゃんや彼にそんな気が無い事も、緊急事態だったことも…それでもやっぱり僕は悔しい…守ってあげられなくて、傍に居れなくてごめん……」

光忠は苦しそうに掠れた声でを抱き締めた。 乾いた光忠の唇がの首筋を柔く喋むように食んでいく。 くすぐったくて身体を捩るがすぐにやんわりと制されてしまい、優しい愛撫には結局ほだされると、観念した合図に光忠の首に腕を絡めて静かに応えた。

「ごめん…具合悪いのに」
「ううん、いいの…ずっとこうしたかったから」
ちゃん…ダメだよ、そんな風に言われたら…ぅんっ!?」

光忠が全部言い終わる前には彼の唇を塞いでいた。 少し乾いた光忠の唇をその形を感触を確かめるように何度も角度を変えて啄んでいると、今度は光忠がそれに応えて口付けを深くしていく。 絡めた舌先を名残惜しそうに銀糸を目の端に見ながらゆっくりと離すと、自然と二人は口許に笑を浮かべた。 優しく抱き竦める光忠の手がの髪へと伸び、慈しむように撫でた。

「随分大胆になったね」
「光忠の所為だよ」
「そうなの?」
「他に居ないでしょ…本当に、ずっと会いたかったんだから…」

光忠意外を近侍にした出陣は本当に久し振りだった。 勿論他の刀剣達も皆信じているし、懸命に働いてくれるがずっと居るのが当たり前になってしまった存在が居ない…それだけのことがにとっては大きかったのかもしれない。 目の前の敵に集中しなければいけないじょうきょうでも、心のどこかに彼を思うがいた。
これまでの不安とこの先の不安を振り払うように光忠の胸に顔を埋め、もう一度「会いたかった…」と呟くと、頭上で光忠が微笑う気配と、さっきよりも強い力で抱き締められた。

「だったら僕はもっと、もっとちゃんに会いたかったよ。本当に、君に触れたくてたまらなかった」
「私も…だからね、今すごく幸せ。光忠の所に帰って来れたんだって…そう思えるから」
「うん…おかえり、ちゃん」
「ただいま」

今更なやり取りに二人はクスクスと笑を零すと、言葉を重ねることも惜しんでギュッと抱きしめ合った。 いつしか絡めた指先も離れぬようにと握り締め、はぽつりぽつりと今回の出陣であった出来事を光忠に話して聞かせた。

「そういえば、光忠はもう傷の具合はいいの?」
「あのね…それこそ今更だよ。ノープロブレム!お陰様でもうすっかり良くなったよ」
「そう、よかった…」

顔を綻ばせたを見た光忠の隻眼が優しく目尻を下げた。 繋いだ手をそっと引き寄せ唇が触れる。 ご丁寧にチュッとリップ音を響かせることだって忘れない光忠はやっぱりそんな所まで彼らしくて、は笑を深くした。

「また一緒に、近侍として出陣したいのは勿論だけど、その前に今は君の体調を戻す方が先決だね」
「ありがとう。でも、本当に少し休めば平気だから…」
「ん?それはダーメ。きっと僕だけじゃなくて他の連中だってきっと反対すると思うよ。だから今回は数日でいいからちゃんと休養しておくこと。いい?」

コツンと合わせたおでこ。
距離の縮まった光忠の隻眼が厳しい視線でを諌めた。 でも…と小さな抵抗を見せるに光忠ははぁと短く嘆息すると繋いだ手に再びキスを落とした。

ちゃんにだけ無理させるなんてできないよ。だから今回は君が何を言っても絶対休んで貰うよ。朝から晩まで四六時中…僕が付ききっりで看病してあげる」

光忠の妖艶な微笑みに思わずドキリと心臓が跳ねた。 はこの顔にめっぽう弱い。 そして、燭台切光忠という男はそれを承知の上でを翻弄していく。 勿論、構わないよね?と有無を言わさぬ極上の笑顔で凄まれたらもう何も言い返せはしない。

「…わかりました。おせわになります……」

の棒読みな返答にも光忠はやっぱり眩しいくらいの笑顔を返してきた。 こうして光忠による甲斐甲斐しいまでの看病が幕を開けた。




* E N D *


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