■とても愛されている、幸せな人
同じクラスの高尾くんの周りにはいつだって人が集まっている。 悪目立ちする事もない彼の絶妙な振る舞いは男女共に共感できるもので、なんというか、ソツがない。 だからだろう、実は誰も気付いていない。 例えばどんなに会話が盛り上がっていても、彼の気まぐれが発動したならそれはなんでもないもののようにフイにされて、次の瞬間には別の所にフラフラと向かっているのだ。 ちょうど今、彼がの元へ向かってくるように。 「さん、元気?」 スタスタとやってきた彼は迷わず席を外して主のいなくなったの前の席に座り込み、の机に頬杖をついた。 「なに…いきなり…」 「ん~?目が合ったから気になって来ちゃっただけだよ」 「なっ!?…気のせいじゃない?私別に高尾くんのことなんて見てないし…」 「そ?でも、俺が気になっちゃったから別にどうでもいいや」 一体どんな理屈なのか…高尾は訝しむなどお構いなしににこにこと微笑んでくる。 「高尾くんって変わってるよね」 「そうかぁ?俺なんかより真ちゃんの方がよっぽどぶっ飛んでるだろ?」 「あ…まぁ…でも、緑間くんは真面目できちんとした人だよ」 「え~何なに、さんってばまさか真ちゃん贔屓?」 「そういうんじゃないけど」 「なら良かった。ってか、そこはヤッパ『俺』って言って貰わないとな」 ニヤリと意地悪に歪む高尾の口許。 そんな一言での体温は簡単に上がってしまう。 「そういう事言わないでよ…ここ、教室なんだから」 「どうせ誰も聞いてねーよ」 伸ばされた高尾の手がの髪をひと房掬い上げられた。 「なー、別に俺らが付き合ってることバレてもイイんじゃね?」 「や、やだ。…恥ずかしい……」 こんな、何も持たない自分が彼に想われているなんて。 もっと、釣り合う人間だったら良かったのに…そう何度も思った。 だったら彼を手放せばいい。そうすれば…簡単なことのはずなのに、にはどうしてもそれができない。 「そっか。まぁ秘密の恋ってのも悪くないかも。俺としてはは俺の彼女だってみんなに自慢してやりてーけど」 「ダ、ダメ!そんな…私なんか、何の自慢にもならないよ…」 「どうして?」 「だって……」 ──────自信無い────── の俯く顔にそっと高尾の手が頬に添えられた。 あったかくて大きな掌だ。 どうして彼はこんなにいっぱい色んなものをくれるのだろうかとには不思議で仕方なかった。 「俺がこんなに好きな子はしかいない。それだけは忘れんなよ?」 コツンと合わせた額。ふわりと香る高尾の匂いが鼻腔をくすぐる。 時間切れのチャイムが鳴る少し前、席の主が帰ってくるのを見つけると、何事もなかったかのように高尾は立ち去っていった。 誰にも気付かれないほんの刹那の出来事がこんなにも愛しい。 彼がを特別だというように、にとっても高尾はとっくに特別な存在になっている。 もう少しだけ…────── 誰にも知られない時間に浸っていたい。 高尾の呼ぶ声が何度も何度もリフレインする。 この幸せを一粒残さず抱き締めていたい。 ■戻る |