■月を愛し太陽を偲ぶ



「ん~…最高だな。手入れでスッキリした後に膝枕はたまんねーな」
「もぅ…動かないでください、危ないですよ」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ。あ~そこそこ…」

兼定に膝を占領され、言われるがままに耳掃除をすることになったはずっとソワソワしていた。 第一、膝枕なんてものは形こそ知っていても自分には縁がないものだと思っていたし、現にこうして兼定の頭を乗せていても不安定であろう膝の上なんてどこがいいのかちっとも分からない。 耳掃除も然り。夜も更けた蝋燭の灯りだけでは心許なくなってきて、そろそろ切り上げようと、は兼定の耳にフゥーッと息を吹き掛けた。

「っだァ!?バカッ!いきなり何しやがんだ…ったく…」
「ごめんなさい、まさかそんなにビックリするなんて思わなくって」

ほんの出来心でした悪戯に、ニヤリと笑みを浮かべたのは兼定だった。 面白いことを思いついたと言わんばかりの悪戯っ子のような笑顔でも、その眼光の鋭さは衰えを知らない。 まるで戦場に居る時のそれを思わせる彼の表情にはドキリと胸がざわめくのを感じた。

「いーや、許さねぇ」
「えぇ!ちょっと、兼定さんっ…」

伸ばされた腕がの首を引き寄せた。 突然屈むような姿勢で至近距離に迫る兼定にどうしていいか分からず瞳を泳がせた。 兼定の深く青い瞳が静かに嗤う。 吸い寄せられるようにして重ねた口付けはそうなることが当たり前のように自然な行為で、それでいて伝わる柔らかな感触がの胸の高鳴りを更に増長させていく。 何度しても同じようにドキドキさせるのはきっと兼定だから。
の頬が蝋燭の灯りで赤らんで見えるだけでない事も兼定はとっとく知っていて、嬉しそうに笑を深める。

「…月みたいだな…」
「え…?」
「いや…俺の前の主はなんつーか、物腰は落ち着き払ってるクセに妙にギラギラしたところがあって、自分の決めた信念に真っ直ぐ突き進む…それを見た周りの連中が自然と憧れ、惹かれ、ついて行きたくなっちまうようなお天道さんみたいな奴だったけど、は居てくれるだけでホッとするっつーかさ、いつでも優しいなって…お月さんみたいだなって思った」
「そんな風に言って貰って嬉しいです…ちょっと照れくさいですけど」
「綺麗だ……」

まったく…どの顔でそんなことをいうのだろうかとは短く息を吐いた。 兼定の方が余程整った顔立ちをしているのに、恥ずかしげもなくよく言えたもんだと剥くれてみせた。

「そういうの苦手です…」
「はは、別に冷やかしちゃいねぇよ。俺は本気で言ってんだぞ?」
「尚更嫌です」

ツンと顔を背けると、兼定は困ったように苦笑した。 そうやって偶には困ればいいのだとも珍しく意地悪な気持ちが芽生えた。 兼定と過ごす時間はいつも心が振り回されてばかりで、余裕なんて微塵もないを余所に飄々としているのだから、偶には立場が逆転したってばちは当たらないだろうと。 でも、兼定の困った顔はの胸をキュンと締め付ける。 ああ…結局は何をされてもこの人には弱いのだと思い知らされるだけ。

…お前は俺を置いて逝くなよ?」
「狡いです…そんな言い方」

まるで泣いてしまいそうな笑顔を浮かべる彼の目は確かに真っ直ぐとを見ている。 けれど、その奥でではない誰かの姿も在るのだろう。
に向けてくれる想いとは異なる兼定の想い人にはどう頑張っても敵わない。 そして、は何をどうすることもできないまま、これからも兼定が辛い思いを繰り返すあの時、あの場所へ送り出さなければならない。 むごい仕打ちへの当て付けなのかと疑うことはないが、例え本気で責められたとしてもは甘んじて受ける覚悟は出来ている。 でも、兼定はそれすらもしない。 時々悲しそうな顔はしても、への愛を惜しむことは微塵もない。

「あぁ、そうかもな。…いい男の特権とでも思っとけ」
「知りません───っん…」

目が合えば塞がれた唇。そして、抗う暇もなく喋むようなキスを繰り返された。 口付けの合間に兼定は勝ち誇った顔で囁いた。

「俺の月は今夜も美人だ…」

耳に低く届いた声にどうしようもなくの躰が煽られる。 『その気』にならとっくになっているのにダメ押しもいいところだ。 まだ寝所の用意だってしていないのにとか、灯りを消さなきゃとか、どうでもいいことも次々に頭の中を駆け巡る。 湧き上がる熱情を言葉にできないもどかしさがに長い口付けをさせた。 とても自分が言われているとは思えない賛辞も、睦言も何も要らない。 今はただ、貴方をくださいと想いを籠めて……



* E N D *


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