■我慢我慢…。くっそー…
若松は、数刻前から『理性』という名の強敵と人知れず闘っていた。 サークルの集まりで来た飲み会の席で、普段はあまり酒を口にしない筈のが始めからかなりのペースで呑んでいるのを見て気に掛けていたものの、声を掛けたら途端に絡まれた。 「あ~、若松だぁ~」 「おうよ。っつーか、大丈夫か?お前あんま酒強くねーだろ?」 「ら~いじょーぶっ!!今日はぁ~、すっごく呑みたい気分なのっ!いいからお前も呑め~」 「呂律回ってねぇし、どこもだいじょばねーだろ…」 既に出来上がった状態のはまともに会話が成立する状態でもなく、関わってしまった以上捨て置くこともできない若松は、暫くについてやる事にした。 辺りを見渡せば、そこかしこで似た様な状況を目にする。 誰かが潰れて、誰かが介抱する…それほど頻繁に飲み会を開くサークルではないが、少数グループ単位ではちょくちょく飲みに行く。 学部の違うともそこで知り合って、よく話すようになった。 「、いいから水飲め、水!ほら…」 「え~…ヤーら♪」 「ウルセー、飲め!…ったく、何かあったのか?お前がこんなに荒れてるとこ見たことねーんだけど」 「若松のクセに生意気だぞぉ~私の何を知ってるっていうのさ!」 「いや、知らねーから訊いてんだよ」 唇を尖らせ不貞腐れるに溜息を吐き、若松はガシガシと頭を掻いた。 がチューハイの入ったグラスに手を伸ばそうとする度に引き離し、代わりに窘めながら水を飲ませるを暫く繰り返した。 「…ねぇ、若松……」 「ん?」 少し酔も落ち着いてきたらしいがいつもと変わらぬトーンで呼んだ。 隣をチラリと見やると、俯いての表情は伺い知れなかった。 「私さ…何か浮気されたっぽいんだよね…」 「は?お前、この間だって彼氏と旅行行くって言ってたじゃねーか」 「うん、でも…無理かな…って……」 「…ちゃんと、確かめたのかそれ?お前らウゼェくらい仲良いし、何かの勘違いとかなんじゃねーのか?」 「私も最初はそう思ってたし、ちゃんと信じてたけど…少し前から知らないアドレスからメールが来るようになって、『人の男に手出すな』とか『早く別れろ』とか…それも悪戯かと思ってたんだけど、アイツと知らない女が一緒にベッドで寝てる写メまで送られてきて、いよいよどーなってんのか分かんなくなったから、彼氏を問い詰めたんだよね…最初ははぐらかしてたけど、結局認めた」 「…で、この有様ってワケか?」 「バカだよね。全然気付かなかった。やり直そうって言われたけど、誤魔化し切れたらそのままでいようと考えてた奴なんかもう信用できないし、無理だもん…」 が泣いているのかどうかは分からなかったし、こういう時、どんな慰めの言葉をかけるべきかなど到底思いつかない若松は黙っての頭をポンポン撫でた。 「ゴメンね…こんな話聞かせて」 「別に。溜め込むより吐き出した方が楽になんだろ」 「…うん。ありがと…聞いてくれたのが若松で良かったかも…」 漸く顔を上げたに涙は辛うじてなかったが、クシャりと 「お、おいっ!」 「いーじゃん…今ぐらい慰めてよ…」 強気な声とは裏腹に、震える小さな肩。 キュッと掴まれた腕はとても儚いものに思えた。 「あのなぁ…ったく…」 結局、若松はを無理やり引き剥がすこともできず、そのままにさせた。 途中、何度か他のサークルメンバーに冷やかされもしたが若松はその度に怒鳴り散らし、最後には言いたいように捨て置いた。 そして、どんなに騒いでも身動き一つしないに気付き、ふと見た時には既に規則正しい寝息が聞こえていた。 「…おい、、起きろっ!おいっ!…マジかよ……」 腕を揺すってみたがは寝直すように若松の腕に自分のそれを更に巻きつけるとまた眠りの中へと落ちていく。 服の上からとは言え伝わってくる柔らかさが何なのか想像するのは容易い。 微かに見えるの顔には涙の後も見て取れた。 「泣き疲れて寝ちまうとか…ガキかよ…っつーか、どーしろってんだ、コレ……」 がもぞもぞと動く度に若松は言い表しようのない拷問を受けているような気になってきた。 無防備な姿も、胸の感触もその全部にどうしようもなく煽られる。 「ったく…いいから早く起きやがれ…どーなっても知らねーぞ、このバカッ!」 若松はの耳許に唇を寄せると小さく囁き、思い切り鼻を摘んでやったが、それでも一向に起きる気配のないに遂に若松は精根尽きた。 撤収の時間まではまだ少しある。 起こす事を諦めた以上、それまでこの拷問に耐え忍ぶ事を選んだのである。 ■戻る |