■約束の巻き戻し【前編】



【-前編-】

「ねぇ、髪切って」

そうに言われたのは帰宅途中。 あと少しで自宅に着く筈のほんの一歩手前。

「はぁ?」

出くわすなり開口一番がそれ・・なのかとか、部活で疲れ果てて残り体力値ほぼゼロの今、何でそんな事頼まれるのか、そもそもとまともに顔を合わせるのだって年単位で久しいというのに、「久し振り」の一言もなしに唐突過ぎる。 なんて身勝手な奴なんだと、日向はありとあらゆるツッコミを辛うじて飲み込んだ。

「だからね、そろそろ髪切りたいなぁ~って思ってたの。で、ちょうど順平が歩いてるとこ見掛けたから、折角だし順平に切ってもらいたいなぁ~って♪」
「…えっと……どの当たりが折角なのか知らんけどな、俺…今帰ってきたとこなんだけど?」
「そんなの見りゃ分かるわよ」

バカねぇ~と言ってアハハっと軽く笑いながら詫びれのないの飄々<とした態度に、日向のこめかみに青筋が浮かんだ。

「おうよ、見ての通り部活で散々しごかれてヘトヘトなの!大体、何なんだよ!いきなり髪切れとか…他に言うことあんだろ、フツー!!」

折角飲み込んだばかりの言葉たちがせきを切ったようにぶちまかれた。 何が悲しくて家の近所で、隣に住む幼馴染み相手に声を張っているのか虚しくなった。 そんな日向の思いなど知る由もないは、何か閃いたようにパァっと目を輝かせた。

「あぁ、そっかぁ~!おかえり、順平」

何の迷いもなしに向けられた笑顔に、日向のなけなしの体力値はここで尽きた。 けれど、陽だまりのような笑顔は懐かしかった。






変わらない──────






そう、数年振りに会ってものままだった。 日向の隣に住む5つ年上で、親同士も仲が良かった為、昔から姉弟のように育った。 小さい頃は日向の弟も含めてよく一緒に遊んだ。 一番歳上なのにいつものやりたい遊びに振り回されていたように思う。 冷静に考えれば姉というよりも『ガキ大将』の方が近いんじゃないかと思うくらい。 隣りに住んでいるとはいえ、お互い学年が上がるにつれて自然と交流もなくなっていったが、偶に見掛けたは大人びていて、どこか近寄りがたい存在に思えた。 でも、今目の前にいる彼女は、容姿は確かに『大人』なのに、中身はどこか抜けていて、強引なところもあって、陽だまりのような笑顔を向けてくれる… 日向の知っているだ。

「疲れてるんなら今日じゃなくてもいいよ。だから、ねぇ、いいでしょ?」

強引なのは変わらないまでも、一応、日を改めるくらいのつもりはあるらしいことが分かって日向もホッとした。

「わーったよ。でも、俺部活で毎日遅いし、土日も練習とか試合あるからな」
「うん。私も夜の方が時間合わせやすいから助かるよ」
「来週なったらテストあるから、できれば今週…って、明日は練習後にミーティングあるから、明後日とかは?」
「大丈夫。…ありがとね、順平」

素直に礼を言われたら、それはそれで照れくさくて、バツが悪い。

「いーよ。に会うの久し振りだし、昔から振り回されてばっかだったし」
「ちょっと、一緒に遊んであげてたのに酷いなぁ~もぅ」
「事実だろ」
「でも、まぁ…ホント久々だよね。偶に見掛けたりはしてたけど、すっかり大きくなっちゃって…」

バスケ選手にしては決して高い方ではない並の身長も、多少のヒールを履いていても160数cm程度のと並べば頭1個分は日向の方が有に大きい。
はツンと軽く背伸びをしながら日向を見上げた。

「本当におっきくなったね。昔はこ~んなにちっちゃかったのに…」

自分の腰丈で手を空に切って見せる。 全く、いつの話をしているのかと日向は溜め息が漏れた。

「ガキの頃の話だろ。ったく、何年経ってると思ってんだ?」
「それもそうだね」
「つーかさ…なんで俺に切らせたいの?どっか行きつけの美容院とかあんだろ?それにウチで切りたきゃ親だっているし…俺まだまだっていうか、揃えるくらいしかできねぇかんな」

引き受けたものの気掛かりはそこ。 技術的なものは両親から多少手ほどきは受けているし、部活のメンバーや友達のカットを偶に頼まれることもある日向は、髪を切ること自体には何も抵抗はない。 女性の髪もそれは同じだ。

「あー、別に失恋したとかじゃないよ。なんかね…順平に切ってもらいたくなったの」

はっきりしない物言いはにしては珍しい。 伏せ目がちな瞳。 長い睫毛が影を作るのを見て日向は「まー、いいけど」とだけ呟いた。




* 【-後編-】 *


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