■ようこそ★My Honey
【-01-】 指折り数えて待ち望んだ今日この日。 が黄瀬と付き合ってから初めての誕生日だ。 部活の練習やモデルの仕事で忙しい黄瀬だから、二人で1日中過ごせる日は数少ない。 それでも折角の誕生日当日が休日と重なってるから一緒に過ごそうと時間を作ってくれたのは黄瀬の方だった。 貴重な一日を貰えただけでにとっては充分過ぎるプレゼントだと思えた。 ──────数日前。 「で、っちは誕生日プレゼント何か欲しいものとかあるんすか?」 お昼を並んで食べながら向けられた笑顔にドキリとする。 十人並みの容姿と自覚のあるとは違って、黄瀬は本当に整った顔をしていた。 モデルやってるくらいだから当たり前なんだろうけれど、なんで自分が彼女になれたのかには今でも不思議だった。 しかも、「付き合って欲しい」と言ってきたのは黄瀬からだった。 学校内外問わず沢山のファンがいる黄瀬だから、からかわれてるものだと疑わなかった。 クラスメイトであっても偶に話すくらいで、特に意識していた訳でもなかったはずっと断り続けてきた。 その内飽きるだろう…と。 それが、予想に反して何度もアプローチが続き、とうとうは根負けした。 話す機会が増えればそれだけ黄瀬という人間の人となりも見えてくる。 見た目の派手さや一見軽く見られがちなところもあるが、知らなかった一面が増える度にも黄瀬に惹かれていった。 付き合って間もない頃は痛々しい視線を浴びる羽目になって、苦労もしたがいつもを守ってくれたのも黄瀬だった。 今なら言える。 ──────『黄瀬が好き』と。 「別に何もいらないよ」 一緒にいられるならそれでお腹いっぱい。 それ以上の贅沢なんてには思いつかなかった。 「え~、折角ならいっぱい甘えて欲しいのに、ホントそういうとこ謙虚ッスね」 「そんな事ないよ。思いつかないだけ」 「う~…りょーかいッス……」 唇を尖らせて全然納得していない顔の黄瀬に苦笑しつつも、は「ありがとね」と黄瀬の肩に頭を凭れかけた。 香水のいい匂いがの鼻腔をくすぐる。 黄瀬の匂い…好きだなぁ……────── そんな事を思いながら瞳を閉じた。 「っち…あんま可愛い事してると食べちゃうッスよ…」 頭の上でとんでもないことを言われた気がした。 慌てて見上げると不敵な笑を浮かべた黄瀬に顎先を掬われチュッとリップ音の残るキスが降ってきた。 なるべく目立たないようにあまり生徒が来ない校舎裏のベンチで過ごすランチタイムが二人の日課になりつつあった。 勿論、今も二人以外の人気はないのだが、には基本的にこういう事に免疫がない。 「…バカ……誰かに見られたどーすんのっ!」 きっと真っ赤な顔してる。 そう自覚できるくらいは一気に全身が火照ったのを感じた。 顔を覆い、俯きながら視線だけ恨めしげに投げかけた。 「大丈夫ッスよ。誰も見てないって」 「分かんないじゃん。…校舎からだって見える所はあるし…」 「う~ん…じゃあ見えない所でだったらOKってことッスね♪」 一概にそう言い切れるものではないのだが、確かにTPOは大切だ。 「そ、そう…なるの…かな?」 今度はが煮え切らない番。 ハテナマークが飛び交っているかのようなを見て、黄瀬は「そ~ッスよ」とキラキラの笑顔を見せた。 別には黄瀬とキスをしたくない訳ではない。 単に恥ずかしいだけ。 だから未だにキス以上のことも踏み出せないでいた。 少し前に、黄瀬がを家に誘った事がある。 「…っち、…今日、ウチ寄ってかないッスか?」 黄瀬は都内の自宅から通うには遠すぎるらしく、学校の近くに部屋を借りて一人暮らしをしている。 その部屋に呼ばれるという事がどういう意味を持っているのか、経験の無いでも一応の勘は働いた。 だからこそ、この時ばかりは黄瀬もの様子を伺うように躊躇いがちに誘ってきたのだと思う。 「……ごめん。今日は、ちょっと…無理……」 「そうッスか…うん、それなら仕方ないッスね」 が黄瀬の悲しそうな笑顔を見たのはこれが初めてだった。 もっと違う言い方をすれば良かったと何度も後悔している。 きっと、すごく傷つけた。 けれど、あの時のはまだ黄瀬とどうやって距離を縮めていけばいいのか分からなくて、触れられるのも嫌ではないのに怖かった。 女の自分とは違う男が持つ逞しさや力強さが。 何となくうやむやに流して、黄瀬もそれ以降は家に誘うこともなかった。 「欲しいものがなくても、お祝いはさせてくれるんでしょ?っつーか、それくらいはさせてくれないと彼氏冥利に尽きるというか、男として不甲斐ないっていうか…兎に角、っちがこの世に生まれて来てくれた日なんスから、ちゃんとお祝いさせて欲しいッス」 「なんか祝わせろって変なの。普通、祝われる方が周りに『祝え~』って強請るもんじゃない?」 「いーんスよ。俺がそうしたいだけだから。それに、俺が何も言わなかったらっちは全然俺に甘えてくれないでしょ?」 「そんな事ないんだけどなぁ~。でも、ホント、ありがとね。なんか、楽しみになってきたよ」 黄瀬の優しさが嬉しくて、にっこりと微笑むと大きな手で肩を強く抱き寄せられた。 「ちょ、黄瀬…だからここじゃ…───」 「───うん、でも、ちょっとだけ…こうさせて……」 黄瀬の広い胸にスッポリと収まる。 胸の鼓動がうるさくてたまらない。 どうか黄瀬には気付かれませんように…と、は何度も心の中で呟いた。 「ねぇ…っち。誕生日はさ、二人でパーティーしよ?」 「え?パーティー…ってどこで……」 「…ウチ」 言った瞬間、黄瀬の腕に力が篭るのを感じた。 「前、誘った時断られちゃったけど…っていうか、っちにはその前から俺、散々断られてばっかな気がするんスけど、ヘンな意味なしに二人でゆっくり過ごしたいっていうか…その…っちの特別な日にっちを独り占めしたいっつーか……」 段々と尻つぼみになっていく黄瀬が「ダメ…スか?」と消え入りそうな声で訴えた。 まるで叱られてしょげてる飼い犬のようだとは少しおかしくなった。 「ううん、ダメじゃないよ。嬉しい」 「マジッスか!?」 今度は嬉しそうに尻尾を振る姿が目に浮かぶ。 「断ってばっかりって、私どんだけ嫌な女なの?」 「や、その…嫌な女とかじゃなくって、でも、フラれまくったのは事実だし…これでも自分から告ってフラレた事なかったから超凹んだんスよ?」 「ハイ、ハイ。そうだよね、黄瀬はとぉ~ってもおモテになりますからねぇ~。けど、言う割にはめげてるように見えなかったけど」 「っちってば酷いッスよぉ~。俺はこんなに一途に想ってるのに中々信じてもらえなくってさ」 「アハハ、そうだね。私、最初は何かの嫌がらせかと思ってたから」 「マジで酷いッス…」 再びしゅんとなる黄瀬を見て、は徐に両の腕を黄瀬の背中に回した。 「ゴメンね。でも、今は違うよ。私…黄瀬が好きだよ……」 口に出して言うのがこれ程恥ずかしい事も黄瀬と付き合うまで知らなかった。 照れ隠しにキュッとしがみ付くと、ポンポンと優しく頭を撫でられた。 「ヤバイ…すげぇ嬉しいッス。俺も大好きっ!!っちに負けないくらい」 「うん…」 知っている。 どんなに大切に、真剣に想われているか。 自分は彼にちゃんとその想いの分を返せているのか全然自信がないのだけれど、今のは自分の精一杯で向き合っていこうと心に決めていた。 「誕生日、楽しみにしててね。俺、最高の一日をっちにプレゼントするんで♪」 これ以上ないほど自然なウィンクにはもう一度「うん」と頷いた。 ■戻る |