第四部隊【弐】不協和音






赤黒く血に染まった衣服は何度見ても見慣れるものではない。
幾度となく戦場へ送り出してはいるものの、全員が無事で帰って来れる場所は限られていた。
刀剣男子達が鍛錬を怠っているわけではない。それでも、出陣する度に敵の強さが増していくように感じられた。
今回の出陣は時間遡行軍の陰謀を防ぐ為だけではなく、出陣した彼ら…特に新選組に所縁ゆかりのある物には必要な試練でもあった。
刀剣として元の主と共に過ごした時代や場所は付喪神として顕現した彼らにとっては様々な刺激を齎す。
『感情』という大きな波に飲み込まれそうになる者もいるだろう。
しかし、それを乗り越えてくれなくては刀剣男子として真に務めを果たせるようになるとは認められない。
本能として、頭では理解している使命であっても、本当の意味で理解に至る為には自ら乗り越えなくてはならないのだ。
楽しかった思い出も、苦しかった思い出も、やり直すことができるならばと思わずにはいられない後悔さえも。
は任務を命じる時、いつも心が重たくなるのだが、今回もまた彼らを信じ、祈るしかない自分が歯痒い中送り出した。






どうか、無事の帰りを…──────






の祈りは届かなかった。
ボロボロに傷付いて帰ってくる様を見るのは初めてではない。
それでも、いつも心が痛むのはもうどうしようもないことだ。
和泉守兼定、加州清光…中傷。その他のメンバーも皆軽傷を負っていた。負傷した彼らを見るのは勿論辛い。でも、彼らの傷は癒すことができる。
しかし、本当に大切なのは身体に受けた傷ではなく、心の方だ。
強くあってくれたなら…そう、願わずにはいられない。
傷が癒えた後こそが、彼らの真髄を見極めることになるのだから。

「…こら、何ショボくれた顔してんだ?」

掠れた声で笑って見せる和泉守は、血塗れの身体を引きずりながらをまっすぐに見つめた。

「こんなもん掠り傷だ。心配すんな」
「…はい」
「ちょっと、後つかえてるんだからサッサと退いてよね」

安定に肩を支えられて漸く歩ける状態の加州清光が気だるげに声を上げた。

「うっせーぞ、重傷人」
「それ、そっくりそのままお返しするから。っていうか、こんな格好でいつまでも主の前にいたくないんだよね。…早くいつも通り可愛く戻ってくるからさ、待ってて?」

加州は和泉守に悪態を吐きながら、すぐ隣に居るへ申し訳なさそうに微笑んだ。

「急がなくていいから、ちゃんと良く治してね」
「うん、大丈夫。すぐ戻るよ」
「…ケッ、ぶりっ子が……」
「はぁ~?もしかしてそれ、俺に言ってんの?」
「他に誰がいんだよ」
「悪いけど、今あんまり人に優しくできる自信ないから口の利き方に気を付けてよね」
「そりゃテメーだ。気が立ってんのはコッチもなんでな。これ以上苛つかせんなよ、ガキ」
「二人とも、疲れてるんだからその辺にしときなよ」

すかさず制止に入った安定も清光を支える逆の肩口に傷を負っていて、声も疲れているようだった。
そんな声にも耳を傾けない二人は無言で睨み合い、傷だらけのまま不穏な空気を漂わせていた。
このままでは埒が明かないと、は慌てて二人の間に分け入った。

「ちょっと二人とも、どうしたの?」
「…別に」
「お前が気にする事じゃねぇよ」

ピリピリとした雰囲気は治まらないが、二人もに理由を話す気はないようだった。
兎も角、傷の手当てが先決だと何とか二人を言い聞かせ、それぞれを手入れ部屋へと急がせた。



三人を見送ると、廊下の向こうから堀川国広が駆け寄ってきた。

「あの、こっちに兼さん来ませんでしたか?」
「和泉守さんなら今、手入れ部屋に向かったよ」
「あぁ~もぅ~あっちこっち血塗れだから軽く拭ってからにしようって、手拭い用意してくるから待っててって言っておいたのになぁ~」

肩をガックリと落として落胆する堀川に、は心配そうに目を配った。

「ところで、堀川くんは大丈夫なの?怪我してるんでしょ?」
「大丈夫ですよ。全くの無傷…とはいかなかったけど、僕と山姥切は本当に掠り傷程度だったから。ほら、ちゃんと手当ても済ませてきたし安心してください」

にっこりと微笑む堀川は、真新しい包帯で手当てしたばかりの右手首をに差し出して見せた。

「そう…なら良かった。でも、疲れてるだろうからちゃんと休んでね」
「はい、ありがとうございます!…それじゃあ僕、手入れ部屋に行って兼さんの様子見てきますね」
「…あ、ねぇちょっと聞きたいんだけど……」

は立ち去ろうとする堀川を慌てて呼び止めた。きょとんとしながら振り返った堀川はなんでしょう?と不思議そうに首を傾げる。

「あの…今回の出陣で、何かあったのかなって思って……」
「う~ん…報告なら後で山姥切からあると思うけど…主さんが言ってるのって、きっとそう言う話じゃないんですよね?もしかして、兼さんが何か言ってました?」
「ううん、何も。でも、ちょっと気が立ってたっていうか…清光もそんな感じだったから気になって…」

思い当たる節があるのか、堀川はあ~…と顔をしかめて頭を掻いた。

「今回は、場所が場所だったからかな…別に兼さんや加州くんに限った事じゃないけど、みんな…山姥切以外の新選組に関わっていた人達は僕も含めてちょっと神経質になってたかも。でも、戦闘には支障なかったし、戦術も嵌ってたと思う。みんな目の前の戦にちゃんと集中していたはず…なんだけど、やっぱり気持ちってそう上手く切り替えできないっていうか…ごめんなさい。僕も上手く説明できてないですよね」

そう言って苦笑する堀川に、は首を振った。

「そんなことないよ。教えてくれてありがとう。それと…辛い思いさせて私の方こそごめんなさい。でも、帰って来てくれて嬉しいよ」
「当たり前じゃないですか。僕の今の主は貴女しかあり得ません。主を悲しませるようなことはしませんよ。絶対に」
「うん…ありがとう。ゆっくり休んでね」

はいと答えた堀川は、軽く頭を下げると手入れ部屋の方へと向かっていった。






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